視察・調査

2016年度 生物多様性保全の先進的取組み企業の視察

はじめに

今年12月にメキシコで開催される第13回生物多様性条約締約国会議(COP13)では生物多様性の主流化がメインテーマになる予定です。当分科会では、年間を通じてメンバーを対象とした研究会を行い、産官民のいろいろな取組みについて学んでいます。

今回は、昨年度学んだ研究会の中でメンバーの関心が最も高かった「矢作川流域の上・下流連携の取組み」を軸に、森林管理に最も重要な過疎化対策の工夫や健全な森を構築することで得られる生態系からの恵み、土砂災害の予防などについて学習することを目的に、長野県根羽村での視察を企画しました。

開催日時: 平成28年9月28日(水曜日)
見学先: 1. アイシンの森
2. 特別養護老人施設「なごみ」
3. 根羽村森林組合(製材工場、モデルハウス)
参加者: 35名

【企画の趣旨】
矢作川の水は農業用水(約5割)、工業用水(約3割)、水道用水(約2割)に利用されています。平均水利用率は4割を超え年々増加傾向にあり、流域にある多くの企業が恩恵を受けています。一方で、上流の人工林率が6割を超える中、人工林の間伐遅れから、平成12年の東海豪雨では下流域の豊田市街地の堤防を越える寸前まで水位が上昇。山間部では、大量の森林土壌が流出し、手入れの悪い人工林は水源涵養機能を更に損なう結果となりました。これにより、上流の森林保全が企業活動に大きく影響していることを改めて実感する事となりました。
そこで、こうした問題の解決に向けて、流域全体で矢作川保全活動を展開するアイシングループの活動に着目し、根羽村森林組合と連携した取組み視察を企画しました。
森林組合との協働により、企業が生態系サービスである水源涵養機能を持続可能にしている事例を見学することで、生物多様性の保全に向けた取組みを行うためのヒントを得ることができました。

羽根村 位置図

【視察全般に関する参加者の感想】
「企業の自然共生の具体的な取組みを知ることができた。受入側の山村の自然資源活用の取組みを知ることができた。」
「河川源流部の地域を継続的に活性化する取組みが明確で、力強く感じた。」
「自然とのふれあい活動の素晴らしさがよくわかったのと、間伐材の有効利用がとても効果的だと初めて理解した。」


  • 1. アイシンの森


    【概説】
    アイシングループはアイシン精機(株)を中心にネットワークを形成し、自動車部品、情報関連製品、住生活関連機器を中心として事業を展開しています。 社会貢献活動では、「Be With(共に生きる)」の合言葉のもと、地域の人々と連携し、それぞれの地域に根ざした取組みをしています。従業員の生活や事業活動に欠かせない水を森林の恩恵(生態系サービス)ととらえ、多くの事業所の近くを流れる「矢作川」に着目し、上流から下流まで地域特性に合わせた保全活動を続けています。今回は上流域の根羽村での活動をご紹介いただきました。

    【見学内容】
    グループ社員とその家族に「森」の大切さや「自然」の素晴らしさに触れてもらうことを通して環境意識の向上を目指す「親子わんぱく体験隊(夏の陣)(秋の陣)」を2004年から実施。参加費全額を「根羽村水源の郷基金」として根羽村へ寄付しています。根羽村はその基金を使って村有林の間伐を促進しています。 今回は、秋の陣の参加者が間伐材を用いて作った「エコロード(全長70m)」を視察しました。体力が必要な“土木工事”ですが、毎回100名前後の応募があり、村の方たちの協力もあって、リピート率5割という人気イベントに成長したそうです。リピーターの多くは根羽村ファンになり、製品(住宅)購入やプライベートでも根羽村を訪れる「顧客」になってくれるので、村民(=森林組合員)の「木を伐って稼ぐ」意欲が維持されます。受入側の根羽村の説明も聞き、高齢化・過疎化に悩む村にとっては、こうした地域交流が非常に重要であることがわかりました。
    続いて「エコロード」を通り抜けて林地へ入りました。手入れされた明るい林地ではクマザサが地表を覆い、歩くとふかふかの土壌の感触が伝わってきました。森林土壌は雨水を浸透させる役割があり、洪水を防ぎます。また、浸透した水は土壌によって濾過され、きれいな水を作ります。良い森林土壌の形成には間伐が不可欠であることを現地でご説明いただきました。
    写真の様に、適切な間伐は地表に太陽の光を導き、健全な森林を形成すると同時にウサギなどの小動物や大型動物、鳥や蝶など多くの生物を育み、生物多様性の面においても大きく貢献していることが伺えます。


    <従業員手作りのエコロードを通って林地を見学>

    <適切な間伐により健全な森林を形成>

    【参加者の感想】
    「“Be with”汗をかいて活動すること、たいへん共感できます。矢作川に着目されたことも実際に活動される従業員の方々にも納得感の高い良い活動につながっているものと感じます。」
    「矢作川流域に拠点を置く企業としてその始点から終点まで関連性を持たせ社員や地域貢献を積極的に行い、受け入れられている点がすばらしいと思った。」
    「十数年と長く続けてこられ、手本とさせていただきたい。またこのような外部への情報を発信していただけるとありがたいです。」

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    2. 特別養護老人施設「なごみ」〜根羽村森林組合の間伐促進取組み事例〜


    【概説】
    健全な森を維持する、そして、製材時の歩留りをよくするために欠かせない間伐ですが、担い手不足などによる遅れが発生する森林がよく見受けられます。また、間伐した材を運び出すことができずに林地に放置されて製品となる材の搬出に支障が出ることもあります。根羽村森林組合は、「木の駅プロジェクト」を起ち上げ、地域ならではの人材活用によりその問題を克服することを考えました。
    「木の駅プロジェクト」では、間伐材有効利用のための受入先として木質ボイラーの導入を推進。実際に木質ボイラーを導入した特別養護老人施設「なごみ」で、「木の駅プロジェクト」について学びました。

    図:木の駅プロジェクト

    【見学内容】
    まずは座学にて林業について学びました。間伐は林業施業の一つで、太くて真っ直ぐなよい材の育成、つまり品質向上が主目的です。間伐を怠るとモヤシ状になり、風雪害を受けやすくなります。また、下草が生えず土壌流出を招きます。間伐遅れは、生物多様性のみならず、林業にとっても死活問題であることを学びました。
    間伐を促進する根羽村独自の取組み「木の駅プロジェクト」を学ぶべく、特別養護老人施設「なごみ」に移動し、説明を受けました。
    木質ボイラーの燃料である薪は、村内の森林から運ばれた間伐材です。村民が林地に残った間伐材を収集し、それをNPO法人が地域通貨で買い取り、「なごみ」に販売する仕組みです。
    間伐材を確実に利用することが明確な為、林業施業者は間伐材を運び易い所に集めて置いておくことで、老人や子供でも回収が容易となります。林業施業者でなくても林地の保全に参加することができ、不要な間伐材を確実に回収できる仕組みが構築されていました。また、木質チップではなく、あえて薪ボイラーを選定したのも村民の扱いやすさを考慮してのことでした。「なごみ」には太陽光発電設備も備えられ、環境と省エネルギーに配慮している施設であることが伝わってきました。


    <集められたボイラー用間伐材を見学>

    【参加者の感想】
    「薪の調達ひとつについても、村民の世代間交流やお金にできることがすばらしい。この地域ならではの取組みであるので、その地域特性を分析し、メリットとなるシステムづくりが必要と感じました。」
    「温もりが求められる施設に地元生産品、資源の活用、そしてエコというコンセプトが素晴らしかった。」
    「間伐についての大変具体的でわかりやすいお話しをありがとうございました。自社の活動にも活かしていきたいと思います。根羽村の魅力がよく伝わってきました。」

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    3. 根羽村森林組合(製材工場、モデルハウス)


    【概説】 根羽村は長野県下伊那郡にある人口千人ほどの山村です。414世帯すべてが森林組合に所属し、林業を営んでいます。親が植え、子が育て、孫が伐る「親子三世代の山づくり」により良質なスギが多く取れる豊かな森を守っています。 村内に明治用水の水源となる矢作川の源流があり、大正3年に明治用水土地改良区が村内に427haの山林を購入。現在も森林経営を行っています。森林組合としては珍しく製材工場を持ち、伐採・搬出、製材加工、工務店への直送を一貫して行う「林業の6次産業化」に取り組むことで産業の活性化、村民の仕事確保にチャレンジしていました。 根羽村にも、輸入材に押されて製品が売れない時期がありました。製品が売れなければ林業は衰退、山が荒廃する現象はよく見られます。林業で生きていく決意をした根羽村は、真剣に林業再興に取り組みました。森林組合だけでなく木材の消費者(設計士等)も巻き込んで「なぜなぜ?」を繰り返し、「情報の疎通」と「品質」の向上に問題点があると気付きました。山元から(住宅を建設する)エンドユーザーまでの情報を森林組合へ一元化する仕組みを構築、さらには信州木材認証、JAS認証を取得したことで確かな品質を確保。根羽村林業を再興することができました。


    【見学内容

    ・モデルハウス
    製材加工された「根羽杉」を使った住宅は森林組合の製品です。モデルハウスには、木をふんだんに使い、随所に木の加工の面白さを見せる意匠が採用されています。風呂桶、テーブルなどにも木が使われており、木造の魅力を十分に感じることができました。 設計事務所・工務店と連携し、マーケティング、商品開発、営業、普及啓発を統合して行えるため、コスト低減が実現。施主にとっても満足のいく住宅であることがわかりました。


    <根羽杉を使ったモデルハウスを見学>

    ・製材工場
    工程:製材⇒人工乾燥⇒養生(自然乾燥)⇒モルダー仕上げ(四面カンナ盤)⇒強度検査 製品:柱・梁等構造材、床板等 見学時にトラックによる原木(丸太)搬入があり、原材料搬入の様子から一貫した工程を見学できました。育った環境等により強度にバラツキが出るのが木材の特性ですが、それぞれにふさわしい材になるよう考えて木取りがされます。最終段階の強度検査もあり、一定した品質の製品が出荷されています。 邸宅管理システムにより、製品は建築現場へ直接配送されます。原材料から製品配送までが一貫しており、生産者の顔が見える安心の家づくりが行われていました。


    <森林組合内の製材工場を見学>

    【参加者の感想】
    「林業の6次産業化の一例を実際に目で見られて有意義だった。製材工場を詳しくご案内いただき、丸太が製品となる工程がよくわかった。」
    「待ちの姿勢でなく積極的に街(下流)の人々に売り込みを行っている(根羽村との交流も含めて)。その企画力に驚かされました。」
    「上下流の交流、地域へのかかわりと地域に根付いた活動。林業を木材の生産から商品としての住宅まで一貫したところがよい。」

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    <補足資料>
    【根羽村の課題とアイシングループの支援活動】