セミナー

EPOC低炭素社会分科会 水素フォーラム

日時: 2018年11月22日(木曜)14時〜16時50分
場所: ANAクラウンプラザホテルグランコート名古屋 7F ザ・グランコート
(愛知県名古屋市中区金山町1丁目1番1号)
目的: 2018年7月に閣議決定された第5次エネルギー基本計画において示された2030年、2050年に向けた国の戦略や方針、予想される課題を知るとともに、水素社会を実現するための企業の取組みの事例を学ぶ機会とする。
主題・講師: 【基調講演】
「水素社会実現に向けた戦略と取組」
経済産業省 資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部
新エネルギーシステム課 水素・燃料電池戦略室 係長 平木雅也氏

【事例紹介1】
「低炭素水素への取組み」
岩谷産業株式会社 産業ガス・機械事業本部 水素本部 水素ガス部
部長 植村憲茂氏

【事例紹介2】
「鈴木商館の水素エネルギー分野における取組について」
株式会社鈴木商館 技術本部 高圧機器部 副部長 和田智宏氏
参加者:91名
所感:国の水素基本戦略や第5次エネルギー基本計画等が、水素社会の実現に向けてより具体化されており、民間企業においても水素の液化技術の開発や水素ステーションの整備、FCフォークリフトの取組み等が、様々な課題を抱えつつも着実に進められていることが理解できた。今後、産学官で国内外を含めて協調し、この正念場を乗り越えて行くことが重要であると感じた。

  • (1)基調講演「水素社会実現に向けた戦略と取組」

    講師:経済産業省 資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部
    新エネルギーシステム課 水素・燃料電池戦略室 係長 平木雅也氏

    1.水素エネルギーに関する全体像


    平木雅也氏

    一次エネルギーのほぼ全てを海外の化石燃料に依存する我が国においては、エネルギー安全保障の確保と温室効果ガスの排出削減の課題をともに解決していかなくてはならない。我が国のエネルギー政策の基本的視座である「3E+S(安定供給、経済効率性の向上、環境への適合、安全性)」に基づき、国内外の様々なエリアで多様なエネルギー源を組み合わせることが重要となる。


    図1 水素基本戦略のポイント

    現状、一次エネルギー供給の9割以上を化石燃料が占めているが、この一部を水素で代替していくことが可能である。用途別には運輸部門のCO2排出量の大半(85%)を占める乗用車・貨物車の低炭素化はもとより、これまで低炭素化が難しいとされていた産業分野等での熱利用・プロセスの低炭素化等、多くの分野で低炭素化に貢献することが可能である。

    水素エネルギーに関する最近のトピックスを2つご紹介する。一つは2017年12月に閣議決定された水素基本戦略である。水素基本戦略は2050年を視野に入れたビジョンと2030年までの行動計画から成り、水素を再エネと並ぶ新たなエネルギーの選択肢として提示し、環境価値も含め、ガソリンやLNGといった既存のエネルギーと遜色ないコストの実現を目標としている。低コスト化のために、供給側では海外の未利用エネルギーや余剰再エネ活用による安価な原料を用い、水素を大量に製造・輸送するための国際的なサプライチェーン構築実証事業を進めている。利用側では、FCV/FCバス/水素ステーション(以下、水素ST)の普及加速とともに、水素発電の商用化等による大量消費が重要となる。これらを世界最先端の日本の水素技術により推進し、世界のカーボンフリー化を牽引していく。

    2つ目のトピックスは、本年の7月に閣議決定された第5次エネルギー基本計画に水素が位置づけられたことであり、重要事項として「環境価値を含め、水素の調達・供給コストを従来エネルギーと遜色のない水準まで低減させる」ことが明記された。

    2.水素の需要を拡大する

    足元の水素利用として、家庭用燃料電池(エネファーム)とモビリティにおける水素利用がある。エネファームは都市ガスなどの燃料から水素を取り出し、燃料電池で反応させることで電気と熱を発生させるシステムである。化石燃料から水素を取り出すため、その過程でCO2が排出されてしまうが、総合エネルギー効率が95%と非常に高く、省エネルギー・省資源に貢献することができ、また燃料電池の技術は他の分野にも応用することが可能であるため、非常に重要なアプリケーションだと考えている。エネファームは2009年に市場に投入され、2018年10月現在で累積普及台数が26万台を超えた。2020年までに140万台の普及を目指しており、PEFCの価格を現在の94万円から2019年までに80万円に、SOFCについては現在の119万円から2021年までに100万円に下げるよう目標を掲げている。メーカー・販売事業者の努力もあり、これまで比較的順調に価格は下がってきたが、これからの低減の取組みはさらに厳しいものになると予想されるため、しっかりと台数を出すとともに、技術開発も含めて支援を行っていきたい。

    モビリティ分野の水素利用の中核となるのはFCV・水素STの普及である。現在STは国内100箇所で開設され、開設予定も含めると113箇所になる。愛知県は全国で水素ST整備箇所数やFCVの導入台数が最も多く、この市場を牽引している。今後の普及拡大の目標として、FCVは現在の約2,800台(FCV)から2020年までに4万台、2030年までに80万台、また水素STについては現在の113箇所から2020年までに160箇所、2025年までに320箇所を掲げている。水素STについては、現在整備が進められている4大都市圏からいかに戦略的にSTを広げていくかが鍵となり、日本水素ステーションネットワーク合同会社(JHyM)とともに検討を進めているところである。

    FCV・水素STの自立化のために、水素STの低コスト化に向けた技術開発の推進をNEDOのプロジェクトで実施しており、2020年までに水素ST機器のコスト半減を目指して、新型圧縮機や新型蓄圧器の開発等を行っている。また水素STはガソリンスタンドと比較して規制が厳しく、建設コストだけでなく、維持管理コストもかかるため、必要な安全性は担保しつつ、過剰となっている規制を適切に見直していくため、有識者会議を開いて検討を進めている。

    モビリティに関しては、FCV以外のモビリティのラインナップを増やすことも重要で、燃料電池バスや燃料電池フォークリフトが世の中に出始めている。燃料電池バスは昨年東京都で2台導入され、現在は5台走っており、東京都を中心に2020年までに100台導入を目指している。

    さらに将来の発電分野での水素利用を見据え、現在、2つの実証プロジェクトを実施している。神戸市のポートアイランドでは、2018年4月の実証試験において、水素燃料100%のガスタービン発電による熱電供給を世界で初めて達成した。なお、本システムは水素と天然ガスの比率を0〜100%まで自由に変えられるが、世界に導入する際に、地域毎に異なる燃料の価格や環境の規制に柔軟に対応し、経済性と環境性を両立できる最適点を導き出せるようにするというメリットがある。なお、本システム規模は周辺地域に熱や電気を供給できる程度(出力:1MW級)である。

    もう一つのプロジェクトとして、既存の大規模火力発電所規模での水素混焼の技術開発を実施中で、2018年1月に水素30%の混焼を実現した。(目標は20%)


    図2 足元の水素利用の現状と導入目標

    3.水素を安く大量につくる

    導入当初の水素は、天然ガス等の既存のエネルギーと比較して高コストとなることから、コスト低減が不可欠であり、水素基本戦略において2030年に30円/Nm3を目標としている。そのために、海外の安価な未利用エネルギーとCCSを組み合わせ、水素を大量調達するとともにCO2排出量削減に貢献することが考えられる。また、再生可能エネルギーの賦存量が大きい地域等において、将来的に発電コストが十分に安くなれば、直接CO2フリー水素を製造することも可能になる。このような活用には、水素の製造、貯蔵・輸送、利用まで一気通貫したサプライチェーンの構築が必要である。

    事例として、豪州の褐炭水素サプライチェーンプロジェクトがある。2020年度までの6年間のNEDOの実証事業であり、豪州の未利用エネルギーである褐炭から水素を製造し、日本に輸送するプロジェクトである。HySTRA(川崎重工、電源開発、岩谷産業、シェルによる技術研究組合)が事業主体となって、褐炭ガス化技術や液化水素の長距離大量輸送技術等を実証している。

    4.水素を大量にはこぶ

    水素の輸送方法として、水素を液化して運ぶほかに、有機ハイドライド、アンモニア、メタンに化学合成して貯蔵・運搬する方法がある。いずれもトータル・コストの低減が鍵となる。経済産業省では、液化水素と有機ハイドライドの2つについて技術開発・実証を行っている。


    図3 水素サプライチェーン構築に向けたシナリオ(液化水素)

    液化水素については。体積が気体水素と比較して約1/800のため、効率的な輸送・貯蔵が可能であり、気化することで純度の高い水素を取り出すことが容易である。液化水素のサプライチェーンに係るインフラはLNGと同様の構成が可能であるが、液化水素は極低温(-253℃)であり、LNG(-162℃)より低温であるため、より低温に耐えうる要素技術を確立することでサプライチェーンの実現が可能となる。そのため、現在のプロジェクトでは海上輸送、荷役・貯蔵に関する新規インフラ整備と技術開発を進めており、2020年までに、基盤技術を確立し、2020年代半ば頃の商用化実証を経て、2030年の商用化を目指す。

    液化水素のほかに、有機ハイドライドを用いた輸送方法は、体積が気体水素の約1/500であり、常温常圧で液体であることから、ハンドリングが容易であり、既存の化学製品のインフラの一部が利用可能である。水素化、脱水素、脱水素後の水素精製に関する要素技術を確立することで、サプライチェーンへの実装が期待される。有機ハイドライドについては、2020年度までにブルネイから日本へ輸送する実証事業を実施し、2025年以降の商用化に向けた道筋を立てる。

    このように水素を運ぶ方法は複数あるが、現時点ではどれかにしぼることはできない状況である。今後どこまでトータル・コストを下げられるのか、検証・精査を行っていく必要がある。

    5.地域の再エネを最大限活用

    再エネの大量導入に際しては、余剰エネルギーの活用策が必要であり、水素のポテンシャルは高い。特に蓄電池では対応の難しい、季節を超えるような長周期の変動に対して有効である。福島県浪江町において、2017年8月から実施されている大規模水素製造実証事業では、世界最大級となる1万kWの水電解装置により再エネから大量に水素を製造する予定であり(最大900t/年)、製造した水を2020年東京オリンピック・パラリンピックでも活用する予定である。

    6.国際的な取組

    10月23日に「グローバルな水素の利活用に向けたビジョンの形成・共有、国際連携の強化」を目的として水素閣僚会議が東京で開催された。国際連携の強化に向けた各国閣僚間の意見交換では、21か国・地域・機関の代表が出席して水素社会の実現に向けた課題や政策の方向性について議論し、Tokyo Statement(東京宣言)を発表した。

    Tokyo Statementでは、各種技術のコラボレーション、基準や規制の標準化、水素の安全性の確保やサプライチェーンの構築、研究開発の推進、水素ポテンシャルや経済効果及びCO2削減効果に関する調査・評価の重要性等が謳われた。

    以上のように、水素閣僚会議で国際的な水素利活用の流れができてきている。2019年6月には長野県で「G20 持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合」が開催される予定であり、そこでも水素を議題として取り上げることで、この流れを更に加速していきたいと考えている。

    7.来年度の取組

    平成31年度の水素・燃料電池関連予算として641億円の要求をしている。内訳はエネファーム関連(58.2億円)、次世代燃料電池の実用化(40.0億円)、水素STの整備(100.0億円)、水素供給インフラ構築に向けた研究開発(29.9億円)、水素サプライチェーン構築(207.4億円)などである。水素ステーションについては平成30年度56億円に対して平成31年度は100億円を要求している。これは、JHyMが立ちあがったことにより確度をあげて戦略的整備を進めていくことができるようになったためであり、政府としてもサポートしていきたいと考えている。水素サプライチェーンの構築に関する事業も佳境を迎えており、遅滞なく進めたいと考えている。

    8.まとめ

    水素エネルギーの活用は、エネルギーセキュリティーと地球温暖化対策の要である。水素は3E+Sの実現にあたり、ポテンシャルを有したエネルギーの一つであるが、水素自体や関連技術が高額でありコストの低減が重要課題である。そのために我々は水素基本戦略や第5次エネルギー基本計画で積極的な姿勢を示している。これらの政策をもとに民間企業の皆様にもご協力いただきながらコストを低減していくとともに、水素閣僚会議等で作った国際的な流れを絶やさず、世界で協調しながら水素社会の実現を目指していきたい。まだ道半ばであり、正念場でもあるので、精力的に取り組んでいきたく、ご協力のほどをお願いしたい。

    9.質疑・応答

    Q.水素STの整備状況(図4)について、大都市圏が発展していく一方で、地方都市に水素STを整備していくための法律や施策等があれば教えていただきたい。

    A.四国や九州の南方や東北地方ではまだSTが少ない。一方で、FCVがない地域でSTを建設して閑古鳥が鳴く状況は避けたいため、ビジネスとして成立するようにいかに戦略的に進めて行くかが重要である。経済産業省の補助金もまずは四大都市圏に限っているが、将来的には対象地域を徐々に広げて行く方向で考えている。
    水素STは100箇所開設されているものの、利益を上げているところはまだ少ないと聞いているので、FCVの普及もあわせて両輪で進めていく必要がある。


    図4 水素ステーションの整備状況

    Q.水素サプライチェーン構築に向けたシナリオ(図3)について、弊社は2020年3月の運開を目指して、最新鋭の石炭火力発電所と木質バイオマスを混焼した発電所を半田市に建設中である。時代の流れとともにエネルギーを転換して発電所を展開していく中で、本日の講演を伺って、将来は弊社のLNG火力発電所が水素発電に展開する流れが現実的に見えてきたように思う。資料に「水素発電はLNG火力発電と同様の機器構成」とあるが、LNG火力発電所で水素発電を実施するにあたり適用される法制度や規制等があれば教えていただきたい。

    A.既存のLNGの設備をそのまま使えるわけではなく、一例として気化温度が異なるためLNGよりもタンクの断熱構造を強化しなくてはならず、タンク等の機器の技術開発のプロジェクトを進めている。法律については、発電所で水素を使うことについての法規制は、電気事業法が改正されて大きな障害はないと聞いている。またNEDOのプロジェクトでは、既存の発電所での水素発電における課題のFS調査を行っている。

    Q.鉄道、航空、海運事業は水素社会の中でどういう役割を果たしていくのか、位置付けをどのように考えていらっしゃるのか伺いたい。

    A.水素基本戦略では、様々なアプリケーションの燃料電池化について言及している。鉄道については、ドイツのアルストム社が非電化区間で実証試験としてFC電車を走らせている。日本の非電化区間では採算があまりとれていないと聞くので、そういった点も踏まえながら鉄道会社や国交省等と意見交換のうえ進めてく必要がある。海運については国際的に燃料規制が厳しくなっており、ヨーロッパでは近いうちにC重油が使用できなくなると聞いている。そのような燃料転換が必要となった場合に、水素は重要な燃料の一つとして位置づけられる可能性があるのではと考えている。

    Q.世界との関わり方、巻き込み方について、ビジネスとして成立することが大前提だと思われるが、具体的にどのようなアクションを通じて進めていくのか教えていただきたい。

    A.世界の巻き込み方については、まさに課題であるととらえている。国際水素・燃料電池パートナーシップ(IPHE)のように各国の実務者レベルが話し合う場があるため、このような既存の枠組みを活用して具体的に議論していくことを考えている。直近では再来週に南アフリカで開催される。
    また、ダボス会議等エネルギーに関連する会議は多くあるため、そのような場でも具体的なアクションを議論していきたい。

    Q.余剰の再生可能エネルギーを用いて電気分解により水素を作る「Power to Gas」について、電気を水素にしてから燃料電池を通して電気を取り出すと、100ある電気が4割程度まで失われてしまう。一方、蓄電池に電気をためて取り出すと98%である。すなわち一度水素にすることが大きな無駄であると思われる。そう考えると、大きな設備で水素化するよりも、各家庭に蓄電池を普及させて余剰分を蓄電池にためた方が理にかなっているのではないかと思われる。

    A.ご指摘のとおり、水素を電気に戻すのは、必ずしも望ましくないと考えている。蓄電池は瞬間ではロスが少ないが、長期間では放電してロスしてしまう。水素は季節を超えるような貯蔵に適しており、長期間ではロスが少ないため、水素と蓄電池は併存させるのが望ましいのではないかと考えている。このほかに、余剰電力から作り出した水素を運輸部門等他の分野に使う、いわゆるセクターカップリングという方法もあり得る。蓄電池と水素それぞれの特長を踏まえて目的ごとに使い分けることが重要である。

    Q.豪州でのCCSについて、遠方から持ってくるよりも日本でCCSを実施した方が合理的で国民の理解も得られるように思われる。

    A.CCSは可能な場所が限られており、日本におけるCCS適地については現在調査中と聞いている。豪州ではCO2が発生する場所から近しい場所でCCSを行うことが可能であり、長距離輸送を見込んでも有利であると判断し、取組んでいる。

  • (2)事例紹介1「低炭素への取組み」

    講師:岩谷産業株式会社 産業ガス・機械事業本部 水素本部 水素ガス部 部長 植村憲茂氏

    1.事業紹介


    植村憲茂氏

    岩谷産業の創業者は、薪でご飯を炊いていた時代にプロパンガスを普及させることにより、家庭でのエネルギー革命を起こすことを目指していた。1958年からは、次のエネルギー革命として水素に着目し、水素の製造事業を開始した。当社の企業理念「世の中に必要な人間となれ 世の中に必要なものこそ栄える」の通り、これからは水素が世の中にとって必要なものになると考えている。また1970年のスローガン「住みよい地球がイワタニの願いです」も、地球温暖化対策として水素が必要になるという点で水素事業に繋がっている。

    2.産業用水素市場での取組み

    産業用水素は古くからあり、化石燃料から、あるいは化学メーカー等の副生ガスから製造される。当社も両方の方法で水素ソースを調達し、水素を製造して純度を高め、圧縮または液化して提供している。当社は1941年に水素ガスの販売を、1958年に水素ガスの生産を開始し、1978年に日本初の商用液化水素製造プラントの稼働を開始した。当時の液化水素の用途はロケット用燃料のみであったが、2006年に国内最大(1978年の4倍の規模)の商用液化水素製造プラントを建設し、ロケット以外の用途にも利用されるようになった。


    図5 イワタニの水素事業バリューチェーン

    なお、水素ステーションについては、2002年に国内で初めて大阪に建設し、35MPaのFCV用に供給した。2014年6月には同年12月のMIRAI発売に先駆けて、兵庫県の尼崎市に日本初の商用水素ステーションを開設した。

    現在国内の水素市場の当社のシェアは70%であるが、水素全体の大きな需要(150億m3)のわずか1%の市場の中の7割である。150億m3の大半が石油精製の脱硫工程やアンモニアの製造工程で自家消費され、圧縮水素や液化水素として購入されている量は1%であり、その内訳は、圧縮水素で年間9,000万m3、液化水素で6,000万m3である。

    液化水素の供給拠点は、山口県、大阪府、千葉県の3カ所に分散してBCP対応を行っている。圧縮水素は太平洋ベルトを構成する工業地帯の10カ所で製造している。

    液化水素の生産量は、2006年には年間1,000万m3だったのが、2016年には約6倍に増加、一方で圧縮水素は同期間に60%に縮小したが、合計では、産業用水素の市場はほぼ横ばいであり、今後も同規模が続くとみている。しかしながらFCVをはじめとするエネルギー分野での需要が今後爆発的に伸びると予想し、先行投資をしている。

    液化水素は大量に輸送できる点にメリットがあり、液化するためにエネルギーを消費するが、輸送効率の向上によりトータルでコストが削減される。来るべき水素エネルギー社会の到来に向けて液化水素の大量供給技術の開発に取組んでいる。

    3.水素エネルギー社会の実現に向けて

    現在水素の需要は、1.5億m3だが、2030年頃にはFCV等の需要により二桁億m3の需要が見込まれ、更に水素発電の需要が出てくると三桁億m3というように、桁が上がっていく。国内の供給量が大幅に増加するわけではないので、必然的に海外からの調達が必要になると予想される。2040年にCO2フリー水素の供給システムが確立されることを想定しているが、世の中からの要請もあり、もう少し前倒しで進めたいと考えている。

    EVやFCVに使われる電力が何からできているかが重要であり、化石燃料から得られた電力で動くのであれば低炭素とはいえないと考えている。100%水素発電で安価に供給された電力で動くEVやFCVこそが、低炭素なモビリティであるといえる。


    図6 CO2フリー水素社会

    岩谷産業は、水素エネルギー社会の早期実現に向けた普及啓発活動として、イワタニ水素エネルギーフォーラムを年2回開催し、年間1,500名にお越しいただいている。

    また、水素エネルギー社会の実現に向けての取組みとして、今年中央研究所内に新設した液化水素試験設備をご紹介する。LNGと液化水素のサプライチェーンでは、設備構成が似ているとはいえ温度領域がかなり異なるため、液化水素の-253℃領域で部材の耐久試験を行える設備が必要である。当社はそのような設備を自前で持ち、試験の受託や共同開発を行うことにより、液化水素の市場に参入していただけるパートナーを増やす活動を行っている。

    その他に超高圧水素ガス試験設備も導入している。モビリティ等で圧力を高めてより多くの水素を積む方向に進んでおり、FCVでは初期は35MPa、2014年は70MPa、現在は82MPaで充填している。その超高圧に耐えうる機器が必要であり、お客様に門戸を広げ、当社の設備を使って部材や機器の開発をしていただいている。

    4.水素ステーションの整備

    2020年までにFCVが4万台普及すると仮定すれば4,800万m3、2025年に20万台になれば2億4千万m3の水素の需要が創出される。水素ステーションの整備は水素基本戦略のロードマップに沿って進めていく。オールジャパンでの水素ステーション整備推進会社である日本水素ステーションネットワーク合同会社(JHyM)に当社は幹事会社として参画している。JHyMの設立からの4年間、2021年までに80箇所のステーションを新たに建設する予定である。

    当社独自のステーションも4大都市圏を中心に建設しており、今年は新潟県、和歌山県でも建設を進めている。今後の整備方針は、2018年から2020年までの3年間で30箇所であり、今年度は5箇所、残り2年で25箇所の建設を予定している。稼働率の最も高い東京都の芝公園水素ステーションでは、月間500〜600台の充填実績である。また当社は水素ステーションを自社で建設、運営するだけでなく、水素ステーション事業を行いたいというお客様に水素ステーションに係る設備の販売も行っている。

    5.日本国内での低炭素水素への取組み

    神奈川県でトヨタ自動車と実施している京浜プロジェクトでは、風力発電所(ハマウィング)で作った電気で水の電気分解を行い、取り出した水素を45MPaに昇圧し、簡易型水素充填車で運んでフォークリフトに充填している。CO2フリー水素のサプライチェーン構築により、従来に比べて80%以上のCO2削減が可能である。

    北海道プロジェクト(北海道白糠町及び釧路市)では、治水用のダムで小水力発電による電気を用いて水の電気分解を行って水素を取り出し、燃料電池を持つお客様に運び、熱と電気を利用していただいている。

    一部はトヨタ自動車士別試験場のFCVに使っていただいている。

    福島プロジェクトは、太陽光発電の電力の需給バランス調整や水素需要予測を組み合わせたシステムから成り、太陽光発電から得られた電力を使って作った水素を供給する実証プロジェクトである。世界最大規模となる年間900tの水素を製造する設備で2020年7月に運用開始予定である。


    図7 京浜PJ(風力由来低炭素水素活用モデル

    6.国際的な低炭素水素への取組み

    豪州褐炭由来水素サプライチェーンの構築プロジェクトでは、2020年にサプライチェーンを実証し、2030年の商用化を目指す。褐炭以外にもオーストラリアの水力、太陽光、風力、ニュージーランドの地熱等、世界中に水素ソースを求めて検討を進めている。

    ほかに、水素を活用した新エネルギー利用への移行に向けて、共同のビジョンと長期的な目標を提唱する活動体であるハイドロジェンカウンシルに、当社はステアリングメンバーとして参画している。ハイドロジェンカウンシルでは、2050年のビジョンとして最終エネルギーの18%を水素が占めることや、年間60億tのCO2削減、3,000万人の雇用の創出等を掲げている。

    7.最後に

    今後も地域のリソースを活かし、CO2フリーな水素を安価に大量に作ることのできる場所を探し、そこで製造された水素を日本に供給していきたい。2030年に向かって、水素基本戦略のもと水素エネルギー市場が成長することを前提として、当社はモビリティまわりのインフラを提供し、国内外で低炭素水素を調達し、海外から液化水素を輸入して水素発電に利用できる未来を目指し、今後も活動を進めていく。

    8.質疑・応答

    Q.水素ソースの海外の依存度が大きいように感じたが、国内での水素の製造についてお考えのことがあれば教えていただきたい。

    A.国内で「大量で安価に」という条件に見合うソースは少ない。「大量」のみの条件を満たすソースはあるが、安価でないと経済的に厳しい。経済性を二の次とした地域貢献事業であれば地産地消のような形で成立するかもしれないが、水素社会が到来した場合に大量に供給することが難しくなる。以上の理由から、我々は海外に大規模なソースを求めている。

  • (3)事例紹介2「鈴木商館の水素エネルギー分野における取組について」

    講師:株式会社鈴木商館 技術本部 高圧機器部 副部長 和田智宏氏

    1.事業紹介、水素ガス製造事業について


    和田智宏氏

    当社は創業明治38年(創業から114年)、炭酸ガスを用いたラムネの製造機の輸入販売からスタートし、現在は水素ガスも含めたガスの商社的な会社であり、主に7つの事業を展開している。具体的には、産業ガス(酸素、窒素、アルゴン、水素、アセチレン等)を主要な商材とし、その他にガスを使うレーザー加工機や溶接機等の産業機材や代替フロン等の空調用ガス、シリコーン等の化学品を取り扱っている。技術部門では水素インフラ、低温機器部門では液体ヘリウムを用いた超電導関係等を取り扱っている。

    事業拠点は、南は宮崎から北は岩手にある。水素技術に関しては愛知県豊田市にある高圧機器部が対応し、水素の製造に関しては千葉県姉ヶ崎市にある京葉水素で、出光興産の千葉製油所から水素をいただき、精製して販売している。

    当社がガスに注力するようになったのは、1909年のスペイン風邪治療用の酸素の販売事業である。その後1968年に水素の製造を開始し、2003年から愛知県豊田事業所で燃料電池(FC)関連事業を開始した。当初はカナダからFCの性能評価装置を輸入し、日本の法律に対応できるよう改良して販売した。2006年に京葉水素を設立して本格的に水素の大量販売を始め、2015年にアメリカの工業用ガスメーカーであるAir Products社と提携してFCフォークリフト用水素インフラ事業を開始した。2017年には豊田事業所でFCフォークリフトに供給する再エネ水素設備を竣工し、2018年11月2日に中部国際空港の貨物地区でも同様の設備を立ち上げ、現在水素を供給している。

    水素の製造については、京葉水素において製造能力約1,000m3/hの設備により、年間840万m3の水素を出荷している。水素の規格は、一般のフォーナイン(99.99%)から超高純度のシックスナイン(99.9999%)まで3つのグレードを取り揃えている。

    水素ガスの製造生産の流れは、まず工場から供給される原料水素を気液分離し、吸着を利用したPSA (Pressure Swing Adsorption)法により水素を精製して製品ホルダにかけ、圧縮機で圧縮してトレーラやカードル等の容器に充填している。PSAの過程で発生するメタンやエチレン等の不純物は回収ホルダに回収し、圧縮機で昇圧して工場にお返ししている。


    図8  水素ガス製造の流れ

    2.FC産業車両用水素インフラ

    アメリカの物流倉庫では、パレットジャックやローリフト、リーチといった比較的小さなフォークリフトが使われており、ディスペンサ(水素の充填機)を含めて屋内で全て完結している点が特徴的である。日本でも一部、屋内での充填の取組みが進められているが、手間とコストがかかると聞く。

    FCフォークリフトの特徴は、稼働時にCO2や有害なガスを排出せず、鉛蓄電池が不要なことである。EVフォークリフトと比較して作業時間は35MPaで8時間程度と同等の作業が可能で、水素充填時間はEVの8時間に対してFCは約3分と短い。またFCフォークリフトは交換バッテリーが不要で、水素供給用のインフラは必要であるが充電器は不要である。以上のメリットから、海外では急速に普及している。

    米国では航空宇宙産業等で液体水素が普通に使用されているという背景があり、水素の供給は液体水素で効率的に行われている。水素の供給施設で最もメンテナンスが必要なのは圧縮機であるため、複数台の圧縮機が設置されている。また蓄圧器にガスをためて差圧でフォークリフトに流し込んでいる。散水用のスプリンクラー等はなく、低コストで作られている。またバックアップ用の移動式の水素ステーションもあり、45MPa程度の水素が高圧容器におさめられており、約1週間、数台のフォークリフトを動かすことができる。トレーラの上部にある太陽光パネルで発電した電気をバッテリーにためており、外部のユーティリティなしで稼働することが可能である。アメリカのフォークリフトは、メーカーから車両だけ買ってユーザーが電池を載せるという商習慣があり、電池のラインナップの一つとして燃料電池がある。

    フォークリフトのインフラの補助事業として、環境省の地域再エネ水素ステーション導入事業があり、一部イニシャルコストが補助される。水素の製造能力に応じて補助率は1/2〜3/4となる。設備規模にもよるが、残りの1/4は愛知県の補助で賄うことが可能である。一例として、中小企業で2億6千万の総工費であれば手出し分はゼロである。愛知県では通常のフォークリフトとの差額の一部を補助する制度がある。一般的な2.5tのフォークリフトの定価400万円に対してFCフォークリフトは1,400万円であるため、差額の1,000万のうち中小企業では500万円を環境省の事業で、残りの500万円を県の事業で補助してもらえる。2017年6月に稼働を開始した当社の豊田事業所も国と県の補助制度を活用した。建屋の屋上に太陽光パネルを設置し約50kWの電気の一部を用いて上水を電気分解している。得られた水素(1Mpa未満)を45MPaまで昇圧し、蓄圧器を経てディスペンサーのノズルを通して差圧で充填している。水素発生装置及び圧縮機は屋内に設置し、蓄圧器とディスペンサーのみ屋外に設置することで、狭い敷地(400坪)での設置を実現しており、一日あたり最大6台のフォークリフトを充填する能力がある。太陽光による発電量が不足している場合は系統電力から購入し、余剰の場合は系統電力に戻している。また発電した電力の54%が電解装置に、34%が圧縮機に使用されている。


    図9  FCフォークリフト用再エネ水素充填設備

    車と比較するとFCフォークリフトの充填圧は最高35MPaと車の半分であり、水素を冷やす設備も不要なためシンプルなシステムで運用されている。

    愛知県が事務局となって立ち上げた「セントレアFC産業車両導入ワーキング」から分離して、今年4月に「セントレア水素社会形成WG」が設置された。本WGは愛知県、当社、空港会社、トヨタ自動車及び豊田自動織機の5社で運営されている。セントレア中部国際空港の貨物地区の一部を使わせていただき、豊田事業所と同様の設備を入れている。豊田事業所と異なる点は、より省エネ効果の高いレシプロ4段という大規模な水素圧縮機を導入している点である。規模が大きくなるほど1kWあたりの昇圧の効率が劇的に向上する。太陽光パネルで発電した電気をパワーコンディショナーで交流にかえて水素発生装置を動かす。作った水素をレシーバータンク(30m3)に作り置きをしておき、たまったら蓄圧器で圧縮する。FCVの充填と異なる点は、FCフォークリフトには排水ホースがある。車は発生する水を道路に排出できるが、フォークリフトは建屋の中で使われるため、水はフォークリフトの中のタンクにためておき、水素を充填する際に排出する。本設備は今年11月2日に開所式を行い、11月5日から運用を開始しており、現状7台のフォークリフトが稼働している。

    FCフォークリフト普及に向けた課題は、屋内の充填がもう少し簡単にできないかという点とセルフでの水素充填の難しさが挙げられる。空港、港、市場等で様々な事業者が自前でフォークリフトを持っている状況でインフラを共用することができれば、維持コストを抑えることができる。一番のネックは法的資格者の条件であり、現状では設備規模にもよるが、高圧ガスの資格を持ちなおかつ水素の製造経験が必要である。その他の課題として、材料規制や立地による安全設備の追加、バックアップが必要な場合にコストがかさむ点が挙げられる。

    3.水素ステーション機器(蓄圧器)

    当社はFCV用水素ステーションに蓄圧器(水素を高圧で貯めたボンベを複数格納する容器)を納めている。蓄圧器の制作方法はいくつかあり、一つは比較的古くから高圧用の継手として使われているコーン&スレッド継手で作られている。ねじを切って受け手側に押しつけるため肉厚を多くとる必要があり、時々緩むためトルクの調整が必要であるが、施工が簡単で安価な方法である。

    もう一つは溶接+UPG継手でつなぐ方法であり、継手が必要なところは金属のガスケット等を使用している。コーン&スレッド継手では配管が外径14.3mmに対して内径6.7mmしかとれないのに対し、溶接+UPG継手では外径が細くなるにもかかわらず内径7.3mmと大きくとることができ、機器の配置面積を30%程度減らすことが可能である。また最大のメリットとして漏洩リスクが低いことから、コストはかかるものの溶接+UPG継手を今後普及させていきたいと考えている。

    漏洩対策として目視での外部の確認はもちろんのこと、内部の溶接の状態を内視鏡で確認し、内視鏡が入らない箇所はレントゲンで確認している。最終的には薬剤を用いて浸透探傷検査を行っている。


    図10  FCV用水素ステーション機器(蓄圧器)

    4.質疑・応答

    Q.FCフォークリフトの充填設備はかなりコンパクトであることがわかった。今後、小型のFCV用の充填が望まれると予想されるが、FCフォークリフトの水素充填のノウハウを活かして簡易な水素ステーションを作ることが可能かどうか、実現可能性について伺いたい。

    A.車の場合はプレクール等の冷却設備が必要であり、充填圧が高いというハードルもある。ただ機器を構成するエレメントはほぼ同じであり、異なるのは車の方が高い圧力と流量が要求される点である。先ほどご紹介した溶接技術やコンパクトな設計を用いて、また70MPaを超える水の電気分解装置も持っているのでそれらを組み合わせればパッケージ型のステーションも可能であると考えている。ほかにEVのように夜に充電を開始して朝には満タンにできるようなインフラも必要ではないかと思う。


    フォーラムの様子

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