1.水素エネルギーに関する全体像
平木雅也氏
一次エネルギーのほぼ全てを海外の化石燃料に依存する我が国においては、エネルギー安全保障の確保と温室効果ガスの排出削減の課題をともに解決していかなくてはならない。我が国のエネルギー政策の基本的視座である「3E+S(安定供給、経済効率性の向上、環境への適合、安全性)」に基づき、国内外の様々なエリアで多様なエネルギー源を組み合わせることが重要となる。
図1 水素基本戦略のポイント
現状、一次エネルギー供給の9割以上を化石燃料が占めているが、この一部を水素で代替していくことが可能である。用途別には運輸部門のCO2排出量の大半(85%)を占める乗用車・貨物車の低炭素化はもとより、これまで低炭素化が難しいとされていた産業分野等での熱利用・プロセスの低炭素化等、多くの分野で低炭素化に貢献することが可能である。
水素エネルギーに関する最近のトピックスを2つご紹介する。一つは2017年12月に閣議決定された水素基本戦略である。水素基本戦略は2050年を視野に入れたビジョンと2030年までの行動計画から成り、水素を再エネと並ぶ新たなエネルギーの選択肢として提示し、環境価値も含め、ガソリンやLNGといった既存のエネルギーと遜色ないコストの実現を目標としている。低コスト化のために、供給側では海外の未利用エネルギーや余剰再エネ活用による安価な原料を用い、水素を大量に製造・輸送するための国際的なサプライチェーン構築実証事業を進めている。利用側では、FCV/FCバス/水素ステーション(以下、水素ST)の普及加速とともに、水素発電の商用化等による大量消費が重要となる。これらを世界最先端の日本の水素技術により推進し、世界のカーボンフリー化を牽引していく。
2つ目のトピックスは、本年の7月に閣議決定された第5次エネルギー基本計画に水素が位置づけられたことであり、重要事項として「環境価値を含め、水素の調達・供給コストを従来エネルギーと遜色のない水準まで低減させる」ことが明記された。
2.水素の需要を拡大する
足元の水素利用として、家庭用燃料電池(エネファーム)とモビリティにおける水素利用がある。エネファームは都市ガスなどの燃料から水素を取り出し、燃料電池で反応させることで電気と熱を発生させるシステムである。化石燃料から水素を取り出すため、その過程でCO2が排出されてしまうが、総合エネルギー効率が95%と非常に高く、省エネルギー・省資源に貢献することができ、また燃料電池の技術は他の分野にも応用することが可能であるため、非常に重要なアプリケーションだと考えている。エネファームは2009年に市場に投入され、2018年10月現在で累積普及台数が26万台を超えた。2020年までに140万台の普及を目指しており、PEFCの価格を現在の94万円から2019年までに80万円に、SOFCについては現在の119万円から2021年までに100万円に下げるよう目標を掲げている。メーカー・販売事業者の努力もあり、これまで比較的順調に価格は下がってきたが、これからの低減の取組みはさらに厳しいものになると予想されるため、しっかりと台数を出すとともに、技術開発も含めて支援を行っていきたい。
モビリティ分野の水素利用の中核となるのはFCV・水素STの普及である。現在STは国内100箇所で開設され、開設予定も含めると113箇所になる。愛知県は全国で水素ST整備箇所数やFCVの導入台数が最も多く、この市場を牽引している。今後の普及拡大の目標として、FCVは現在の約2,800台(FCV)から2020年までに4万台、2030年までに80万台、また水素STについては現在の113箇所から2020年までに160箇所、2025年までに320箇所を掲げている。水素STについては、現在整備が進められている4大都市圏からいかに戦略的にSTを広げていくかが鍵となり、日本水素ステーションネットワーク合同会社(JHyM)とともに検討を進めているところである。
FCV・水素STの自立化のために、水素STの低コスト化に向けた技術開発の推進をNEDOのプロジェクトで実施しており、2020年までに水素ST機器のコスト半減を目指して、新型圧縮機や新型蓄圧器の開発等を行っている。また水素STはガソリンスタンドと比較して規制が厳しく、建設コストだけでなく、維持管理コストもかかるため、必要な安全性は担保しつつ、過剰となっている規制を適切に見直していくため、有識者会議を開いて検討を進めている。
モビリティに関しては、FCV以外のモビリティのラインナップを増やすことも重要で、燃料電池バスや燃料電池フォークリフトが世の中に出始めている。燃料電池バスは昨年東京都で2台導入され、現在は5台走っており、東京都を中心に2020年までに100台導入を目指している。
さらに将来の発電分野での水素利用を見据え、現在、2つの実証プロジェクトを実施している。神戸市のポートアイランドでは、2018年4月の実証試験において、水素燃料100%のガスタービン発電による熱電供給を世界で初めて達成した。なお、本システムは水素と天然ガスの比率を0〜100%まで自由に変えられるが、世界に導入する際に、地域毎に異なる燃料の価格や環境の規制に柔軟に対応し、経済性と環境性を両立できる最適点を導き出せるようにするというメリットがある。なお、本システム規模は周辺地域に熱や電気を供給できる程度(出力:1MW級)である。
もう一つのプロジェクトとして、既存の大規模火力発電所規模での水素混焼の技術開発を実施中で、2018年1月に水素30%の混焼を実現した。(目標は20%)
図2 足元の水素利用の現状と導入目標
3.水素を安く大量につくる
導入当初の水素は、天然ガス等の既存のエネルギーと比較して高コストとなることから、コスト低減が不可欠であり、水素基本戦略において2030年に30円/Nm3を目標としている。そのために、海外の安価な未利用エネルギーとCCSを組み合わせ、水素を大量調達するとともにCO2排出量削減に貢献することが考えられる。また、再生可能エネルギーの賦存量が大きい地域等において、将来的に発電コストが十分に安くなれば、直接CO2フリー水素を製造することも可能になる。このような活用には、水素の製造、貯蔵・輸送、利用まで一気通貫したサプライチェーンの構築が必要である。
事例として、豪州の褐炭水素サプライチェーンプロジェクトがある。2020年度までの6年間のNEDOの実証事業であり、豪州の未利用エネルギーである褐炭から水素を製造し、日本に輸送するプロジェクトである。HySTRA(川崎重工、電源開発、岩谷産業、シェルによる技術研究組合)が事業主体となって、褐炭ガス化技術や液化水素の長距離大量輸送技術等を実証している。
4.水素を大量にはこぶ
水素の輸送方法として、水素を液化して運ぶほかに、有機ハイドライド、アンモニア、メタンに化学合成して貯蔵・運搬する方法がある。いずれもトータル・コストの低減が鍵となる。経済産業省では、液化水素と有機ハイドライドの2つについて技術開発・実証を行っている。
図3 水素サプライチェーン構築に向けたシナリオ(液化水素)
液化水素については。体積が気体水素と比較して約1/800のため、効率的な輸送・貯蔵が可能であり、気化することで純度の高い水素を取り出すことが容易である。液化水素のサプライチェーンに係るインフラはLNGと同様の構成が可能であるが、液化水素は極低温(-253℃)であり、LNG(-162℃)より低温であるため、より低温に耐えうる要素技術を確立することでサプライチェーンの実現が可能となる。そのため、現在のプロジェクトでは海上輸送、荷役・貯蔵に関する新規インフラ整備と技術開発を進めており、2020年までに、基盤技術を確立し、2020年代半ば頃の商用化実証を経て、2030年の商用化を目指す。
液化水素のほかに、有機ハイドライドを用いた輸送方法は、体積が気体水素の約1/500であり、常温常圧で液体であることから、ハンドリングが容易であり、既存の化学製品のインフラの一部が利用可能である。水素化、脱水素、脱水素後の水素精製に関する要素技術を確立することで、サプライチェーンへの実装が期待される。有機ハイドライドについては、2020年度までにブルネイから日本へ輸送する実証事業を実施し、2025年以降の商用化に向けた道筋を立てる。
このように水素を運ぶ方法は複数あるが、現時点ではどれかにしぼることはできない状況である。今後どこまでトータル・コストを下げられるのか、検証・精査を行っていく必要がある。
5.地域の再エネを最大限活用
再エネの大量導入に際しては、余剰エネルギーの活用策が必要であり、水素のポテンシャルは高い。特に蓄電池では対応の難しい、季節を超えるような長周期の変動に対して有効である。福島県浪江町において、2017年8月から実施されている大規模水素製造実証事業では、世界最大級となる1万kWの水電解装置により再エネから大量に水素を製造する予定であり(最大900t/年)、製造した水を2020年東京オリンピック・パラリンピックでも活用する予定である。
6.国際的な取組
10月23日に「グローバルな水素の利活用に向けたビジョンの形成・共有、国際連携の強化」を目的として水素閣僚会議が東京で開催された。国際連携の強化に向けた各国閣僚間の意見交換では、21か国・地域・機関の代表が出席して水素社会の実現に向けた課題や政策の方向性について議論し、Tokyo Statement(東京宣言)を発表した。
Tokyo Statementでは、各種技術のコラボレーション、基準や規制の標準化、水素の安全性の確保やサプライチェーンの構築、研究開発の推進、水素ポテンシャルや経済効果及びCO2削減効果に関する調査・評価の重要性等が謳われた。
以上のように、水素閣僚会議で国際的な水素利活用の流れができてきている。2019年6月には長野県で「G20 持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合」が開催される予定であり、そこでも水素を議題として取り上げることで、この流れを更に加速していきたいと考えている。
7.来年度の取組
平成31年度の水素・燃料電池関連予算として641億円の要求をしている。内訳はエネファーム関連(58.2億円)、次世代燃料電池の実用化(40.0億円)、水素STの整備(100.0億円)、水素供給インフラ構築に向けた研究開発(29.9億円)、水素サプライチェーン構築(207.4億円)などである。水素ステーションについては平成30年度56億円に対して平成31年度は100億円を要求している。これは、JHyMが立ちあがったことにより確度をあげて戦略的整備を進めていくことができるようになったためであり、政府としてもサポートしていきたいと考えている。水素サプライチェーンの構築に関する事業も佳境を迎えており、遅滞なく進めたいと考えている。
8.まとめ
水素エネルギーの活用は、エネルギーセキュリティーと地球温暖化対策の要である。水素は3E+Sの実現にあたり、ポテンシャルを有したエネルギーの一つであるが、水素自体や関連技術が高額でありコストの低減が重要課題である。そのために我々は水素基本戦略や第5次エネルギー基本計画で積極的な姿勢を示している。これらの政策をもとに民間企業の皆様にもご協力いただきながらコストを低減していくとともに、水素閣僚会議等で作った国際的な流れを絶やさず、世界で協調しながら水素社会の実現を目指していきたい。まだ道半ばであり、正念場でもあるので、精力的に取り組んでいきたく、ご協力のほどをお願いしたい。
9.質疑・応答
Q.水素STの整備状況(図4)について、大都市圏が発展していく一方で、地方都市に水素STを整備していくための法律や施策等があれば教えていただきたい。
A.四国や九州の南方や東北地方ではまだSTが少ない。一方で、FCVがない地域でSTを建設して閑古鳥が鳴く状況は避けたいため、ビジネスとして成立するようにいかに戦略的に進めて行くかが重要である。経済産業省の補助金もまずは四大都市圏に限っているが、将来的には対象地域を徐々に広げて行く方向で考えている。
水素STは100箇所開設されているものの、利益を上げているところはまだ少ないと聞いているので、FCVの普及もあわせて両輪で進めていく必要がある。
図4 水素ステーションの整備状況
Q.水素サプライチェーン構築に向けたシナリオ(図3)について、弊社は2020年3月の運開を目指して、最新鋭の石炭火力発電所と木質バイオマスを混焼した発電所を半田市に建設中である。時代の流れとともにエネルギーを転換して発電所を展開していく中で、本日の講演を伺って、将来は弊社のLNG火力発電所が水素発電に展開する流れが現実的に見えてきたように思う。資料に「水素発電はLNG火力発電と同様の機器構成」とあるが、LNG火力発電所で水素発電を実施するにあたり適用される法制度や規制等があれば教えていただきたい。
A.既存のLNGの設備をそのまま使えるわけではなく、一例として気化温度が異なるためLNGよりもタンクの断熱構造を強化しなくてはならず、タンク等の機器の技術開発のプロジェクトを進めている。法律については、発電所で水素を使うことについての法規制は、電気事業法が改正されて大きな障害はないと聞いている。またNEDOのプロジェクトでは、既存の発電所での水素発電における課題のFS調査を行っている。
Q.鉄道、航空、海運事業は水素社会の中でどういう役割を果たしていくのか、位置付けをどのように考えていらっしゃるのか伺いたい。
A.水素基本戦略では、様々なアプリケーションの燃料電池化について言及している。鉄道については、ドイツのアルストム社が非電化区間で実証試験としてFC電車を走らせている。日本の非電化区間では採算があまりとれていないと聞くので、そういった点も踏まえながら鉄道会社や国交省等と意見交換のうえ進めてく必要がある。海運については国際的に燃料規制が厳しくなっており、ヨーロッパでは近いうちにC重油が使用できなくなると聞いている。そのような燃料転換が必要となった場合に、水素は重要な燃料の一つとして位置づけられる可能性があるのではと考えている。
Q.世界との関わり方、巻き込み方について、ビジネスとして成立することが大前提だと思われるが、具体的にどのようなアクションを通じて進めていくのか教えていただきたい。
A.世界の巻き込み方については、まさに課題であるととらえている。国際水素・燃料電池パートナーシップ(IPHE)のように各国の実務者レベルが話し合う場があるため、このような既存の枠組みを活用して具体的に議論していくことを考えている。直近では再来週に南アフリカで開催される。
また、ダボス会議等エネルギーに関連する会議は多くあるため、そのような場でも具体的なアクションを議論していきたい。
Q.余剰の再生可能エネルギーを用いて電気分解により水素を作る「Power to Gas」について、電気を水素にしてから燃料電池を通して電気を取り出すと、100ある電気が4割程度まで失われてしまう。一方、蓄電池に電気をためて取り出すと98%である。すなわち一度水素にすることが大きな無駄であると思われる。そう考えると、大きな設備で水素化するよりも、各家庭に蓄電池を普及させて余剰分を蓄電池にためた方が理にかなっているのではないかと思われる。
A.ご指摘のとおり、水素を電気に戻すのは、必ずしも望ましくないと考えている。蓄電池は瞬間ではロスが少ないが、長期間では放電してロスしてしまう。水素は季節を超えるような貯蔵に適しており、長期間ではロスが少ないため、水素と蓄電池は併存させるのが望ましいのではないかと考えている。このほかに、余剰電力から作り出した水素を運輸部門等他の分野に使う、いわゆるセクターカップリングという方法もあり得る。蓄電池と水素それぞれの特長を踏まえて目的ごとに使い分けることが重要である。
Q.豪州でのCCSについて、遠方から持ってくるよりも日本でCCSを実施した方が合理的で国民の理解も得られるように思われる。
A.CCSは可能な場所が限られており、日本におけるCCS適地については現在調査中と聞いている。豪州ではCO2が発生する場所から近しい場所でCCSを行うことが可能であり、長距離輸送を見込んでも有利であると判断し、取組んでいる。