セミナー

EPOC低炭素社会分科会 水素フォーラム

日時: 2017年12月12日(火曜)14時〜16時30分
場所:名鉄ニューグランドホテル7階 扇の間
(愛知県名古屋市中村区椿町6-9)
目的:「CO2フリー水素」は低炭素社会を目指すうえで究極のテーマのひとつである。これを利用して水素社会を実現するための現状の課題と展望を知り、具体的に取り組んでおられる事例を学ぶ機会とする。
主題・講師:【基調講演】
「水素社会実現に向けた展望と課題―CO2フリー水素普及拡大に向けて―」
東京工業大学 科学技術創成研究院 特命教授
グローバル水素エネルギー研究ユニットリーダー 岡崎健氏

【事例紹介1】
「水素社会に向けた取り組み」
昭和電工株式会社 川崎事業所 企画グループリーダー 谷隆士氏

【事例紹介2】
「水素社会実現に向けた大林組の取組み」
株式会社大林組 技術本部スマートシティ推進室 部長 島潔氏
参加者:114名
所感:「CO2フリー水素」の国内外での製造から消費に至るチェーンサイクル全体の現状での課題や展望、最先端の具体的な取り組み事例やそこでの課題などを詳しく知ることができる絶好の機会となった。まだまだ課題も多いと感じられたが、そのいずれもが解決できないものではなく、水素社会の実現に近づいているという実感が得られた。

  • (1)基調講演
    「水素社会実現に向けた展望と課題―CO2フリー水素普及拡大に向けて―」

    講師:東京工業大学 科学技術創成研究院 特命教授
    グローバル水素エネルギー研究ユニットリーダー 岡崎健氏

    1.水素社会実現に向けた課題


    岡崎健氏

    水素社会実現に向けた課題で重要なことは、「エネルギー源の多様化」「エネルギーのベストミックス」「地球環境問題」にどのように寄与できるかである。きれいごとではなく、「意味のある量的な導入」が必須である。そのためには水素の利活用の展開が必要だが、それに当たっては自動車やエネファームの普及だけでなく、水素発電や大規模なコージェネレーションシステムなどへの展開も必要である。

    自然エネルギーに由来するものは変動が大きい。九州電力管内では太陽光発電電力が供給過剰となったケースが出ている。その電力を水素に変え、大量需要地で使おうとしている。その中心となるのが再生可能エネルギー由来のCO2フリー水素である。

    また、CO2フリー水素サプライチェーンのグローバルな展開として、海外から未利用資源を水素に変えて運んでくる計画も進んでいる。

    とかく水素の話は「エネルギー効率はどうか」、「CO2削減量はどのくらいか」といった限定された価値に終始しやすいが、水素には多様な社会的付加価値がある。

    日本の電力エネルギー源は、第一次オイルショック後に石油依存から離れ、LNG、石炭、原子力へと移ったが、東北の震災後は原子力はほぼゼロになった。現在の日本の電源別発電量は、9割が化石燃料になってしまっている。エネルギー源の多様性を保つためにも、水素は大きな役割を果たせると考えている。また、世間的に理解が不足しているが、日本の石炭火力発電は世界でもトップのレベルでクリーンかつ高効率である。一面的な理解を止め、エネルギーのベストミックスについて考える必要がある。

    日本はCO2フリーの電源の割合が主要国では群を抜いて低く、逆にフランスは高い。日本では国として、CO2フリー電力を2030年までに22%から24%にするという方針を出している。水力発電が9%なので、残り15%を太陽光やバイオマス等の他の電源で賄わなければならない。太陽光発電等の自然エネルギーは安定供給に欠けるため、間に水素を挟むことにより、CO2フリー水素の導入を増やし、再生可能エネルギーの普及・拡大を図ることが進むべき道である。

    「水素社会」という言葉が独り歩きしているが、この言葉について岡崎が1年半前の講演で定義した。水素社会とは、「小規模水素利用が拡大し、産業基盤をも支えるエネルギーとして、エネルギー消費全体の20%以上が二次エネルギーとしての水素を利用する社会」と定めた。

    水素社会は十分な量的寄与があって初めて実現する。需要を飛躍的に拡大させるには、FCV+水素ステーションの拡充はもとより、将来的には大規模な水素発電(水素タービン・ガスエンジン、水素ボイラ)を実現する必要がある。例えば、100万kWの水素発電所1基で、水素燃料電池車200万台分、エネファーム100万台分の水素需要量となる。水素の大量導入には、その需要に応えるサプライチェーンの構築が必要となる。まずはNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)で動いている国内の再生可能エネルギー起源CO2フリー水素(P2G)のプロジェクトに取り組む。重要なのは「コストダウン」「変動の平滑化」「過大発電分エネルギー貯蔵」である。そのためには、事業者の自主参加を促す制度上の仕組みを作らなければならない。これに加えて、海外の未利用エネルギー起源CO2フリー水素の導入も必要である。複数のエネルギーキャリアを適材適所で選択することが重要である。

    水素エネルギーを一挙に大量導入することは不可能なので、小規模の普及・拡大という導入シナリオが要る。水素だからこその特徴、技術を活かして、水素でなければできないことを連携して行うことが肝要である。これからの水素源として、石炭活用の拡大も図っていくべきである。

    水素エネルギー活用にはシステム技術(輸送〜貯蔵〜利用等)が重要であり課題でもある。どこかにボトルネックがあれば成立しない。さらに、水素関連の技術者を養成し、ハードとシステムの両方を知る若手のリーダーシップを発揮できる人材の養成が必要となる。

    水素エネルギーはシステム技術であるので、どういう形で作って、どう運び、貯蔵し、どう使うかが重要である。CO2のLCAばかりでなく、水素の特性から全体を見て将来を考える必要がある。

    水素を活用するにあたり、産業振興においてはきれいごとばかりではなく、事業者が推進していかなければ普及しない。そのための制度設計が愛知県や国で始まっているところである。今年の6月に公開された資源エネルギー庁の『エネルギー白書』でも、水素社会の実現に向けては国内・海外を含めて経済と環境が両立するような総合的な取り組みが必要とされている。


    2.水素利活用の展開

    燃料電池自動車の普及状況についてみると、やはりFCVの量的な拡大が必須である。EV、PHVの普及状況と比較すると、FCVは一ケタ少ない。普及のためにはインフラ整備(水素ステーション)は必須であるが、現状はまだまだ少ない。この現状は変えていかなければならない。

    EVについては航続距離の延長が良く取り上げられるが、ネックになるのは充電時間の長さである。これに対してFCVは、水素5kgの充填時間は約3分で1kgあたり100km航行する。充填時間はガソリン車と変わらない。EVも充電時間の短縮に挑戦しているが、しかし二次電池は急速充電を繰り返すと劣化が早まり、6〜7年で交換が必要となる。このブレイクスルーには全固体電池が期待されている。開発当初は高価な元素を必要としていたが、今年新しい元素が採用されて安価になった。

    EVもFCVも様々な変革を遂げていく。EVかFCVかではなく、適材適所で両方を活かしながら、将来の社会について議論していくことが必要である。

    各種自動車のCO2排出量の比較でよく取り上げられる、「EVはCO2排出量が少ない」という説は誤りである。震災後の原発稼働停止により、化石燃料を電源としている割合が高い日本では、その電力を使用するEVも当然CO2排出量は多くなる。

    エネファームの現状として、2017年度現在で20万台が普及しており、違ったメーカーのシステムも同じブランド名で展開している。家庭向けのPEFC(固体高分子形燃料電池)型と、事業所向けのSOFC(固体酸化物形燃料電池)型がある。日本を強くするという目的の元、協調して成功した例である。FCVの成功とエネファームの成功が水素社会実現のトリガーになるため、より需要を喚起する必要がある。

    燃料電池の市場投入にあたっては、「量的な寄与」の系統的な基礎データの取得について議論しておかなければならない。過去、「バイオマス発電」を国費によって推進したが、地方公共団体がバラバラに取り組み、きちんとした数値データを記録に残さなかったため、次につながるきちんとしたデータが蓄積されなかった経験がある。

    水素を熱源としても使用してもよい。ガスタービンで天然ガスとCO2フリー水素の混焼ならば、水素を使った分だけCO2削減になる。水素発電を20年前から取り組んで、やっと今形になって、神戸で実証が始まった。


    3.CO2フリー水素導入の意義

    「CO2フリー水素とは何か?」と聞かれてすぐに答えられる人がどれだけいるだろうか。一次エネルギーから水素を作るまでのCO2が完全にゼロの水素のみを「CO2フリー水素」とすると、該当するものが非常に少なくなってしまう。昨年に全8回、経産省の「CO2フリー水素ワーキンググループ」が開催され、CO2フリー水素の定義や利活用拡大に向けた取り組みの方向性についても検討が行われた。

    水素社会の実現には、事業者が自主的に水素事業に取り組みたくなるような仕組みが必要だが、今の日本にはその制度がない。先行例としては、ヨーロッパに「Certify Project(サーティファイプロジェクト)」がある。これは、環境価値の高い水素の認証を行うスキームを検討するにあたり、水素製造に係るCO2排出量について、一定の閾値を下回った水素を「プレミアム水素」として定義する。プレミアム水素として認証されると、そのまま環境価値の高い水素として取引できるほか、環境価値を証書の形で分離し、当該証書のみを取引することが可能になる。認証を受けていない水素(Grey Hydrogen) であっても、この証書を組み合わせることで、プレミアム水素と主張することが可能になる。その良し悪しは別として、こういった環境価値取引を推進するための制度設計が必要であり、現在日本でも進んでいる。

    水素の利点は、長期間、大量に蓄えることができること、製造に様々なエネルギー源が使えることである。再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、局所的な系統の容量不足や、系統全体の調整力不足などの問題が生じているが、この余剰電力分を水素として利用することで、再生可能エネルギーの利用量拡大に貢献する事ができる。今年8月から福島県浪江町で、福島新エネ社会構想に基づいた、世界最大級の1万kWの水電解装置による再エネ由来水素製造(P2G:Power-to-Gas)の実証事業が実施されている。これを問題なく運用できるかどうかが、水素社会実現に向けての試金石となる。


    4.CO2フリー水素サプライチェーンのグローバル展開

    水素社会において、よりCO2の排出が少ない水素供給構造を実現していくためには、製造段階のみならず、サプライチェーン全体について低炭素化を図っていく必要がある。エネルギーコストを抑制しつつ、エネルギーセキュリティーとCO2排出削減に貢献する方策の一つとして、オーストラリアの未利用資源を利用したサプライチェーンの構築プロジェクトが進んでいる。

    オーストラリアでは「褐炭」が豊富に採れる。しかし、その性質(褐炭は大量の水分を含み、乾燥すると自発火する)から輸出できなかったが、液化水素にして運ぶことでこれをクリアできる。これを輸送するにあたっては、中東の石油輸送でいうところのホルムズ海峡のような危険地帯がないため、安定した供給も確保できる。オーストラリア側としても、未利用資源を輸出できるWIN-WINの関係として同プロジェクトを推進している。

    褐炭は現地でガス化し、水素とCO2に分ける。CO2はCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)で回収・現地に貯留し、水素は液化して日本へ運ぶ。運搬には、-253℃の低温を維持できる新しい断熱技術を持った世界初の液体水素運搬タンカーを使用する。オーストラリアから運ばれた水素は、神戸に設置された水素ガスタービンに供給し、発電を行う。来年には神戸市で水素ガスタービンによる発電、2020年にはパイロット実証、2030年にはこのサプライチェーンの商用を実現する予定である。


    5.水素社会実現による多様な社会的付加価値


    図1 技術開発シナリオの作成

    水素社会の実現には、要素技術、エネルギー技術システム、エネルギー経済システム、産業構造、社会構造のそれぞれの領域で協調が必要である。そのためのキーワード・分析手法は図1のとおり。評価・分析をきちんと行い、開発中の技術の意味を抽出して、その価値を数値にして技術開発シナリオに入れ込みたい。水素エネルギーの多様な社会的付加価値に着目し、体系的なレビューを実施して、ひとつひとつのファクターが相互依存している多元の中で最適値を見つけることが重要である。


    6.まとめ

    最後に、全体をまとめると以下のようになる。

    1.水素導入の本質的意義は、将来的には大量導入されて、地球環境保全やエネルギーセキュリティーに、十分な量的寄与が出来ることであり、グローバルな視点で議論することが重要である。

    2.燃料電池以外の多様な水素利活用技術を含め、エネルギーキャリアとしての水素の優れた特徴と、水素エネルギー社会の多様な社会的付加価値を正しく評価することが重要である。

    3.国内の再生可能エネルギー起源CO2フリー水素の導入拡大に向けて、P2G技術の確立・コストダウンと導入促進のための制度上の仕組みづくりが急務である。さらに、地域活性化への貢献が期待されている。

    4.大量水素導入に向けて、海外の未利用エネルギーを水素に変換して日本に輸送するグローバルなスケールでのCO2フリー水素サプライチェーンの構築と水素発電の実用化が進んでいる。

    5.水素社会の実現には、水素社会のイメージを正しく把握し、個別技術開発から全体システムの成立性、社会システムとの融合、国際連携を踏まえて、長期的な視点に立った具体的な戦略が必要である。

    現在、愛知県では事業者が積極的に参加できるような仕組み作りを国に先駆けて取り組み始めたところである。その活動に期待している。


    7.質疑・応答

    Q.モビリティについて、電源によって排出するCO2量が変わってくるという話があった。例えば、中国での石炭発電であれば、またはCO2フリー水素であれば、どのようになるのかを解説いただきたい。

    A.中国はEVについて国を挙げて乗り出した。ただしFCVにも興味を持っている。中国は水力発電も 多いがメインは石炭での発電なので、LCA的なCO2排出量の計算をすると、日本と同程度かそれ以上の排出量になるかと思われる。また、いくらEV台数が増えて、充電所が増えても、1台当たりの充電に20分もかかるようでは成り立たない。そこで、EVバスの天井に二次電池を設置し、スタンドに入ると電池を丸ごと取り換えると言う新たなビジネスモデルも誕生しつつある。

    Q.弊社では、工場の半分近くをコジェネのガスタービンで発電している。2030年頃に次の設備の更新 時期を迎えるので、そこで水素を使えればと考えている。そこで、混焼・専焼・他の可能性のそれぞれのコスト・利点について追加で解説をいただきたい。

    A.CO2フリー水素は30円/Nm3、17円/kWhを目安としており、さらに20円/Nm3、12円/kWhを目指すことになっている。しかし、コストの話ばかりが先行すると、水素の面白さと社会的意義を見失う可能性がある。それをいかに数値化し、計画に盛り込んでいくかが重要だと思っている。水素の良さを知って、会社として協力をお願いしたい。

  •     
  • (2)事例紹介1「水素社会に向けた取り組み」

    講師:昭和電工株式会社 川崎事業所 企画グループリーダー 谷隆士氏

    1.事業紹介


    谷隆士氏

    昭和電工は電気系の会社だと思われがちだが、プラスチック原料、化学製品原料、コンデンサやハードディスク用原料などを製造する化学メーカーであり、無機系の材料が多いことが特徴である。

    川崎事業所の水素プラントは、「工場夜景」としても川崎市の「夜景クルーズ」の見どころのひとつとして地域に貢献している。川崎事業所は約1,000人の従業員で約100種の製品を製造している。操業は戦前1931年からであり、国内初の国産法(東京工業試験所法)によるアンモニアと硫酸アンモニウムの製造に 成功した事業所である。空気中の窒素と水電解(水の電気分解)による水素からアンモニアを製造し、硫酸アンモニウムは肥料としていた。

    アンモニア製造における水素源として、操業開始時から1971年までは水分解で得た水素を使用し製造していた。また、改質ガス(化石燃料(石炭、石油、天然ガス等)の改質)による製造は1934年から現在まで続いている。原料とする化石燃料は、「経済事情」などに応じて変遷してきており、現在は都市ガスから水素を取り出している。使用済みプラスチックのケミカルリサイクル(プラスチックのガス化)は2003年から始めており、2015年に設備を増強したところである。現在のアンモニア製造用水素は使用済みプラスチックから2/3、都市ガスから1/3を取り出している。

    環境・社会に貢献する製品・技術として、使用済みプラスチックを原料の一部に使用したアンモニア「エコアン(R)」の製造がある。
    「エコアン(R)」製造過程は図2を参照。


    図2 「エコアン(R)」製造過程

    容器リサイクル法により回収された使用済プラスチック(回収プラスチック)からガス化設備で二酸化炭素と水素を主体とした合成ガスを取り出してアンモニア製造設備に送り、水素は窒素と反応させてアンモニア「エコアン(R)」に、二酸化炭素はドライアイス、液化炭素ガスにしている。「エコアン(R)」は商標登録してあり、この製造プロセス全体で「エコマーク」も取得している。


    2. 「地域連携・低炭素水素技術実証事業」について

    平成27年度に、環境省の「地域連携・低炭素水素技術実証事業」を受託した。本事業は、水素の製造・輸送・貯蔵・利用のサプライチェーン全体についてのCO2削減の検証や、効率的な製造、品質の確認などを実証し、課題などを洗い出すというものである(図3)。


    図3 実証事業スキーム図

    この取り組みは2014年頃から検討し始めたが、これには外部要因と内部要因があった。外部環境としては、東京オリンピックも見据えた水素社会への期待の上昇があった。内部環境としては、東日本大震災に起因して原燃料価格が上昇し経営を圧迫していた。それによる内部組織改編があり、川崎事業所で何ができるかを考えた際に、製造、輸送のノウハウがある「水素」に着目した。「利用」についてのノウハウについて川崎市に相談したところ、2014年7月から事業計画策定にご協力頂くことになった。その後環境省の新規事業として予算化される見通しとなっていた、「再生エネルギー等を活用した水素社会推進事業」の「地域連携・低炭素水素技術実証事業」の公募に応募し、採択された。

    事業の実証のイメージとしては、使用済みプラスチックを原料として製造した水素を供給して、大型純水素燃料電池(出力:100kW)で発電した電気を来年開業予定の市内ホテルで利用される予定である。ホテル全体の30%のエネルギー量に相当し、CO2削減量としては8割程度になると見越している。またFCV(燃料電池車)での利用については今年7月より供給開始している。水素ステーションを事業所内で用意するのは高額なため、他社の施設を使わせていただく形で、使用済みプラスチック由来の水素を輸送し供給している。

    同事業は5か年計画であるが、今のところ順調に推移しており、ホテルでの利用が始まれば、サプライチェーン全体としての効果検証の形ができることになる。

  • (3)事例紹介2「水素社会実現に向けた大林組の取組み」

    講師:株式会社大林組 本社技術本部 スマートシティ推進室 部長 島潔氏

    1.環境ビジョン


    島潔氏

    大林組では、経営層を始め全社で低炭素社会に貢献することがいかに重要であるかという問題意識を持っており、積極的に取り組んでいる。

    同社は「環境ビジョン」を策定し、持続可能な社会を「スマートシティ」に見立て、様々な切り口から取り組んでいる。中でも「水素」がスマートシティに重要なアイテムになると考え、水素社会実現に向けた取り組みを重点的に行っている。

    まず、「環境ビジョン」としては、長期環境ビジョンを「Obayashi Green Vision 2050」と称し、「低炭素社会」「循環社会」「自然共生社会」「安全・安心な社会」を主なテーマに「持続可能な社会の実現に貢献」の達成に向けて今後の事業活動で目指す方向性を策定した(図4)。「2050」のあるべき社会像を描いた上で、その実現のため当面は「2030」に向けて中長期的な目標・計画を「バックキャスティング」の手法を用いて策定し、事業分野ごとに「アクションプラン」として2050年のあるべき社会像に向けての取り組みを取り決めている。


    図4 中長期環境ビジョン

    同社は2012年まではデマンドサイドでの技術仕事(電池、LED、小型風力発電、小型水力発電など)を中心に省エネルギーを主眼に展開してきた。しかし、2011年の東日本大震災を契機にエネルギー環境が劇的に変わったことで、サプライサイド(メガソーラー、地熱発電、大型風力発電など)に目を向けたところ、まだまだやれることが多いだろうということで意識が変わり、挑戦(積極投資)を始めた(図5)。


    図5 設備関連の技術マップ


    2.スマートシティへの取組み事例

    スマートシティ推進室は2016年に設立された。「スマートシティ」の市場性を考えると、多種多様なソリューションが必要となる。同社だけではカバーできないので、他社と協力していくことになると考えられる。建設工事でのコンソーシアムのプロセスで培った経験の蓄積があり、スマートシティのような取り組みにおいても、培ったプロデュース力を活かして、フルスペックモデルから、従前から行ってきた省エネ・環境施策のようなスタンダードモデルまで、いろいろな切り口で取り組みを進めている。

    同社は「スマートシティ」は、いろいろなものが組み合わさって「1+1=3」になるようなビジネスの分野だと考える。開発ビジョンは、「新ビジネス創出の実践フィールド」として最先端のICT基盤を組み込んだ都市インフラを構築し、様々な都市課題に対するソリューションビジネスを都市スケールで実践できるフィールドを創造することで、世界をリードする企業、大学、人材が集まれば素晴らしいソリューションが生まれ、そのモデルを国内外に発信・輸出することで持続的発展ができるだろうと考えて取り組んでいる。そのためには「水素」の活用が重要かつ注力すべき素材と考えている。

    各種再生可能エネルギー事業の取り組みについて、まず太陽光は、全国28箇所で発電出力128MWの太陽光発電事業を継続中である。バイオマスについては、平成30年から山梨県大月市で出力14.5MWの発電所が稼働予定である。風力は秋田を中心に具体的に計画中。地熱については従前から取り組んでおり、国内各地でボーリング調査(ポテンシャル調査)を行っている。開発を進めていくには温泉との関係で想定される問題をクリアする必要があり、地熱利用方法については熱水循環型システムの開発にも着手している。これは従来のフラッシュ型(地下から熱水を汲み上げる方式)より効率はよくないが、熱水は汲み上げず、地下熱のみを採取する方式なので温泉審議会審査が不要であり、配管の清掃等のメンテナンス費用がないので設備の維持費も最小化できること、低沸点溶媒の利用で地熱規模による最適化を図れるなどの利点がある。


    3.水素社会実現に向けた取り組み

    「水素サプライチェーン」を大きく3つのフェーズに分けて、それぞれで重点プロジェクトを設計して取り組んでいる。

    (1)CO2フリー水素を利用したコミュニティインフラスキーム

    (2)海外の安価な再エネを利用した水素製造・供給スキーム

    (3)国内の再エネ発電所でのCO2フリー水素製造供給スキーム

    まず(1)のコミュニティでの取り組みついては、スマートシティ全体の中で、どのように水素を活用するかということを考えた。まずひとつは、大規模事業所のスマート化ということで、総合エネルギー効率、発電効率、CO2排出量削減といったフェーズを重ねてスマート化を提案しているが、ここに水素を活用することで、さらなる省CO2、省エネ、BCP機能向上の実現を提案できると考えている。

    また、同じくコミュニティでの取り組みとして、神戸のポートアイランドでNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の補助を受けながら、「水素ガスタービンを用いた水素コージェネレーションシステム(CGS)」「電気/熱/水素の最適マネジメントを目指す統合型環境マネジメントシステム(EMS)」の技術開発・実証を行っている。参画しているのは同社と川崎重工、大阪大学、神戸市などである。「水素利用の飛躍的拡大」、「水素発電の本格導入・大規模水素供給システムの確立」、「CO2フリー水素の供給システムの確立」の3つのフェーズを設定している。本年12月に完成し試運転、来年1月に実証運転を予定している。

    次に(2)の海外の安価な再エネを利用した水素製造・供給スキームについて、現状の日本の再生可能エネルギーを利用するだけでは、今後増大するであろう国内水素需要量の製造に必要な電力量に追い付かないと考えている。具体的には、2020年の水素新規需要量を年間約200万トンと予測しており、これは水電解装置500MWから2000MW規模になる(設備稼働率100%〜25%)。そのうち80万トン分は海外からのCO2フリー水素の輸入が必要と想定しており、不足分を補うためにも海外から日本に国内生産量を補う形でCO2フリー水素を運んで来ようということになる。海外での水素生産に目を向けると、地熱とバイオマスが比較的安価で安定的に再生エネルギーを確保できる。これを活用していく形で、CO2フリー水素を現地で製造し輸入することを目指し、現在取り組んでいる。

    (3)番目の国内の再エネ発電所でのCO2フリー水素製造供給スキームについて、これは技術本部が取り組んでいるもので、前述した既存設備の太陽光、風力で発電した電力を使って水素を製造し、貯蔵、輸送を経て利用しようというものである。今実証しているのは、ライン各設備をトータルで稼働させた時の高効率化であり、安定供給が難しい再生エネルギーに蓄電池を組み合わせて、容量のバランスや制御の仕方も含めて、いかに水素製造装置の稼働時間を増やし経済合理性を向上させることができるかを探っている。

    現在日本では、発電エネルギーの97%が化石燃料由来で作られている。現状、水素製造にも化石燃料由来の電力が使われているが、同社はそうした状況を含めて将来を見据えて水素で貢献していきたいと考える。水素社会が訪れたとして、FCVが広がってもそれだけでは需要は足りない。分散電源、分散発電という考え方の中で、水素発電で水素を使うということも必要だということで、これに取り組んでいる。製造方法については、従来からある安定したアルカリ水電解でなく、敢えてPEM型水電解(固体高分子型)で挑戦しようとしている。その上で経済効率を上げていこうとすると、実際の需要点でのトラック輸送の問題なども含めてチェーンサイクル全体を考えた環境マネジメントシステム(EMS)が必要であると考え、基礎研究を行っている。1社ではできることも限られており、今後、様々な形でご協力をお願いしたいと述べた。


    フォーラムの様子