1.水素社会実現に向けた課題
岡崎健氏
水素社会実現に向けた課題で重要なことは、「エネルギー源の多様化」「エネルギーのベストミックス」「地球環境問題」にどのように寄与できるかである。きれいごとではなく、「意味のある量的な導入」が必須である。そのためには水素の利活用の展開が必要だが、それに当たっては自動車やエネファームの普及だけでなく、水素発電や大規模なコージェネレーションシステムなどへの展開も必要である。
自然エネルギーに由来するものは変動が大きい。九州電力管内では太陽光発電電力が供給過剰となったケースが出ている。その電力を水素に変え、大量需要地で使おうとしている。その中心となるのが再生可能エネルギー由来のCO2フリー水素である。
また、CO2フリー水素サプライチェーンのグローバルな展開として、海外から未利用資源を水素に変えて運んでくる計画も進んでいる。
とかく水素の話は「エネルギー効率はどうか」、「CO2削減量はどのくらいか」といった限定された価値に終始しやすいが、水素には多様な社会的付加価値がある。
日本の電力エネルギー源は、第一次オイルショック後に石油依存から離れ、LNG、石炭、原子力へと移ったが、東北の震災後は原子力はほぼゼロになった。現在の日本の電源別発電量は、9割が化石燃料になってしまっている。エネルギー源の多様性を保つためにも、水素は大きな役割を果たせると考えている。また、世間的に理解が不足しているが、日本の石炭火力発電は世界でもトップのレベルでクリーンかつ高効率である。一面的な理解を止め、エネルギーのベストミックスについて考える必要がある。
日本はCO2フリーの電源の割合が主要国では群を抜いて低く、逆にフランスは高い。日本では国として、CO2フリー電力を2030年までに22%から24%にするという方針を出している。水力発電が9%なので、残り15%を太陽光やバイオマス等の他の電源で賄わなければならない。太陽光発電等の自然エネルギーは安定供給に欠けるため、間に水素を挟むことにより、CO2フリー水素の導入を増やし、再生可能エネルギーの普及・拡大を図ることが進むべき道である。
「水素社会」という言葉が独り歩きしているが、この言葉について岡崎が1年半前の講演で定義した。水素社会とは、「小規模水素利用が拡大し、産業基盤をも支えるエネルギーとして、エネルギー消費全体の20%以上が二次エネルギーとしての水素を利用する社会」と定めた。
水素社会は十分な量的寄与があって初めて実現する。需要を飛躍的に拡大させるには、FCV+水素ステーションの拡充はもとより、将来的には大規模な水素発電(水素タービン・ガスエンジン、水素ボイラ)を実現する必要がある。例えば、100万kWの水素発電所1基で、水素燃料電池車200万台分、エネファーム100万台分の水素需要量となる。水素の大量導入には、その需要に応えるサプライチェーンの構築が必要となる。まずはNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)で動いている国内の再生可能エネルギー起源CO2フリー水素(P2G)のプロジェクトに取り組む。重要なのは「コストダウン」「変動の平滑化」「過大発電分エネルギー貯蔵」である。そのためには、事業者の自主参加を促す制度上の仕組みを作らなければならない。これに加えて、海外の未利用エネルギー起源CO2フリー水素の導入も必要である。複数のエネルギーキャリアを適材適所で選択することが重要である。
水素エネルギーを一挙に大量導入することは不可能なので、小規模の普及・拡大という導入シナリオが要る。水素だからこその特徴、技術を活かして、水素でなければできないことを連携して行うことが肝要である。これからの水素源として、石炭活用の拡大も図っていくべきである。
水素エネルギー活用にはシステム技術(輸送〜貯蔵〜利用等)が重要であり課題でもある。どこかにボトルネックがあれば成立しない。さらに、水素関連の技術者を養成し、ハードとシステムの両方を知る若手のリーダーシップを発揮できる人材の養成が必要となる。
水素エネルギーはシステム技術であるので、どういう形で作って、どう運び、貯蔵し、どう使うかが重要である。CO2のLCAばかりでなく、水素の特性から全体を見て将来を考える必要がある。
水素を活用するにあたり、産業振興においてはきれいごとばかりではなく、事業者が推進していかなければ普及しない。そのための制度設計が愛知県や国で始まっているところである。今年の6月に公開された資源エネルギー庁の『エネルギー白書』でも、水素社会の実現に向けては国内・海外を含めて経済と環境が両立するような総合的な取り組みが必要とされている。
2.水素利活用の展開
燃料電池自動車の普及状況についてみると、やはりFCVの量的な拡大が必須である。EV、PHVの普及状況と比較すると、FCVは一ケタ少ない。普及のためにはインフラ整備(水素ステーション)は必須であるが、現状はまだまだ少ない。この現状は変えていかなければならない。
EVについては航続距離の延長が良く取り上げられるが、ネックになるのは充電時間の長さである。これに対してFCVは、水素5kgの充填時間は約3分で1kgあたり100km航行する。充填時間はガソリン車と変わらない。EVも充電時間の短縮に挑戦しているが、しかし二次電池は急速充電を繰り返すと劣化が早まり、6〜7年で交換が必要となる。このブレイクスルーには全固体電池が期待されている。開発当初は高価な元素を必要としていたが、今年新しい元素が採用されて安価になった。
EVもFCVも様々な変革を遂げていく。EVかFCVかではなく、適材適所で両方を活かしながら、将来の社会について議論していくことが必要である。
各種自動車のCO2排出量の比較でよく取り上げられる、「EVはCO2排出量が少ない」という説は誤りである。震災後の原発稼働停止により、化石燃料を電源としている割合が高い日本では、その電力を使用するEVも当然CO2排出量は多くなる。
エネファームの現状として、2017年度現在で20万台が普及しており、違ったメーカーのシステムも同じブランド名で展開している。家庭向けのPEFC(固体高分子形燃料電池)型と、事業所向けのSOFC(固体酸化物形燃料電池)型がある。日本を強くするという目的の元、協調して成功した例である。FCVの成功とエネファームの成功が水素社会実現のトリガーになるため、より需要を喚起する必要がある。
燃料電池の市場投入にあたっては、「量的な寄与」の系統的な基礎データの取得について議論しておかなければならない。過去、「バイオマス発電」を国費によって推進したが、地方公共団体がバラバラに取り組み、きちんとした数値データを記録に残さなかったため、次につながるきちんとしたデータが蓄積されなかった経験がある。
水素を熱源としても使用してもよい。ガスタービンで天然ガスとCO2フリー水素の混焼ならば、水素を使った分だけCO2削減になる。水素発電を20年前から取り組んで、やっと今形になって、神戸で実証が始まった。
3.CO2フリー水素導入の意義
「CO2フリー水素とは何か?」と聞かれてすぐに答えられる人がどれだけいるだろうか。一次エネルギーから水素を作るまでのCO2が完全にゼロの水素のみを「CO2フリー水素」とすると、該当するものが非常に少なくなってしまう。昨年に全8回、経産省の「CO2フリー水素ワーキンググループ」が開催され、CO2フリー水素の定義や利活用拡大に向けた取り組みの方向性についても検討が行われた。
水素社会の実現には、事業者が自主的に水素事業に取り組みたくなるような仕組みが必要だが、今の日本にはその制度がない。先行例としては、ヨーロッパに「Certify Project(サーティファイプロジェクト)」がある。これは、環境価値の高い水素の認証を行うスキームを検討するにあたり、水素製造に係るCO2排出量について、一定の閾値を下回った水素を「プレミアム水素」として定義する。プレミアム水素として認証されると、そのまま環境価値の高い水素として取引できるほか、環境価値を証書の形で分離し、当該証書のみを取引することが可能になる。認証を受けていない水素(Grey Hydrogen)
であっても、この証書を組み合わせることで、プレミアム水素と主張することが可能になる。その良し悪しは別として、こういった環境価値取引を推進するための制度設計が必要であり、現在日本でも進んでいる。
水素の利点は、長期間、大量に蓄えることができること、製造に様々なエネルギー源が使えることである。再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、局所的な系統の容量不足や、系統全体の調整力不足などの問題が生じているが、この余剰電力分を水素として利用することで、再生可能エネルギーの利用量拡大に貢献する事ができる。今年8月から福島県浪江町で、福島新エネ社会構想に基づいた、世界最大級の1万kWの水電解装置による再エネ由来水素製造(P2G:Power-to-Gas)の実証事業が実施されている。これを問題なく運用できるかどうかが、水素社会実現に向けての試金石となる。
4.CO2フリー水素サプライチェーンのグローバル展開
水素社会において、よりCO2の排出が少ない水素供給構造を実現していくためには、製造段階のみならず、サプライチェーン全体について低炭素化を図っていく必要がある。エネルギーコストを抑制しつつ、エネルギーセキュリティーとCO2排出削減に貢献する方策の一つとして、オーストラリアの未利用資源を利用したサプライチェーンの構築プロジェクトが進んでいる。
オーストラリアでは「褐炭」が豊富に採れる。しかし、その性質(褐炭は大量の水分を含み、乾燥すると自発火する)から輸出できなかったが、液化水素にして運ぶことでこれをクリアできる。これを輸送するにあたっては、中東の石油輸送でいうところのホルムズ海峡のような危険地帯がないため、安定した供給も確保できる。オーストラリア側としても、未利用資源を輸出できるWIN-WINの関係として同プロジェクトを推進している。
褐炭は現地でガス化し、水素とCO2に分ける。CO2はCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)で回収・現地に貯留し、水素は液化して日本へ運ぶ。運搬には、-253℃の低温を維持できる新しい断熱技術を持った世界初の液体水素運搬タンカーを使用する。オーストラリアから運ばれた水素は、神戸に設置された水素ガスタービンに供給し、発電を行う。来年には神戸市で水素ガスタービンによる発電、2020年にはパイロット実証、2030年にはこのサプライチェーンの商用を実現する予定である。
5.水素社会実現による多様な社会的付加価値
図1 技術開発シナリオの作成
水素社会の実現には、要素技術、エネルギー技術システム、エネルギー経済システム、産業構造、社会構造のそれぞれの領域で協調が必要である。そのためのキーワード・分析手法は図1のとおり。評価・分析をきちんと行い、開発中の技術の意味を抽出して、その価値を数値にして技術開発シナリオに入れ込みたい。水素エネルギーの多様な社会的付加価値に着目し、体系的なレビューを実施して、ひとつひとつのファクターが相互依存している多元の中で最適値を見つけることが重要である。
6.まとめ
最後に、全体をまとめると以下のようになる。
1.水素導入の本質的意義は、将来的には大量導入されて、地球環境保全やエネルギーセキュリティーに、十分な量的寄与が出来ることであり、グローバルな視点で議論することが重要である。
2.燃料電池以外の多様な水素利活用技術を含め、エネルギーキャリアとしての水素の優れた特徴と、水素エネルギー社会の多様な社会的付加価値を正しく評価することが重要である。
3.国内の再生可能エネルギー起源CO2フリー水素の導入拡大に向けて、P2G技術の確立・コストダウンと導入促進のための制度上の仕組みづくりが急務である。さらに、地域活性化への貢献が期待されている。
4.大量水素導入に向けて、海外の未利用エネルギーを水素に変換して日本に輸送するグローバルなスケールでのCO2フリー水素サプライチェーンの構築と水素発電の実用化が進んでいる。
5.水素社会の実現には、水素社会のイメージを正しく把握し、個別技術開発から全体システムの成立性、社会システムとの融合、国際連携を踏まえて、長期的な視点に立った具体的な戦略が必要である。
現在、愛知県では事業者が積極的に参加できるような仕組み作りを国に先駆けて取り組み始めたところである。その活動に期待している。
7.質疑・応答
Q.モビリティについて、電源によって排出するCO2量が変わってくるという話があった。例えば、中国での石炭発電であれば、またはCO2フリー水素であれば、どのようになるのかを解説いただきたい。
A.中国はEVについて国を挙げて乗り出した。ただしFCVにも興味を持っている。中国は水力発電も
多いがメインは石炭での発電なので、LCA的なCO2排出量の計算をすると、日本と同程度かそれ以上の排出量になるかと思われる。また、いくらEV台数が増えて、充電所が増えても、1台当たりの充電に20分もかかるようでは成り立たない。そこで、EVバスの天井に二次電池を設置し、スタンドに入ると電池を丸ごと取り換えると言う新たなビジネスモデルも誕生しつつある。
Q.弊社では、工場の半分近くをコジェネのガスタービンで発電している。2030年頃に次の設備の更新
時期を迎えるので、そこで水素を使えればと考えている。そこで、混焼・専焼・他の可能性のそれぞれのコスト・利点について追加で解説をいただきたい。
A.CO2フリー水素は30円/Nm3、17円/kWhを目安としており、さらに20円/Nm3、12円/kWhを目指すことになっている。しかし、コストの話ばかりが先行すると、水素の面白さと社会的意義を見失う可能性がある。それをいかに数値化し、計画に盛り込んでいくかが重要だと思っている。水素の良さを知って、会社として協力をお願いしたい。