(1)講演「低炭素水素社会に向けて」
講師:九州大学 副学長・水素エネルギー国際研究センター長 佐々木一成氏
2017年1月の政府施政方針演説において安倍総理は「水素エネルギーはエネルギー安全保障と温暖化対策の切り札である」と打ち出している。その中には、燃料電池自動車や水素ステーションについて、また水素をエネルギーキャリアとして利用していくことが明記されている。
水素の活用はグローバルで取り組んでいく課題である。同じく2017年1月のダボス会議おいて、エネルギー、運輸、製造業の世界的企業13社による水素協議会(Hydrogen Council)が発足するなど、水素の活用を進めていくことは世界の産業界の総意のひとつとして認識されているといえる。その中でも、日本は世界に先駆けて水素社会を実現させるべく、2017年4月「再生エネルギー・水素等関係閣僚会議」を新たに立ち上げるなど、国を挙げて取り組んでいるところである。中長期的視点で考えれば、水素および燃料電池は確実にキーテクノロジーとなっていく。我が国の貿易収支の観点からみると、日本の貿易黒字を生んでいるのは輸送用機器すなわち自動車である。一方、何に対して一番対価を支払っているかといえば鉱物性燃料、エネルギー原料である。鉱物性燃料の輸入額は年間20兆円にも及ぶ。これを数パーセントでも減らすことができれば、大きなインパクトとなるだろう。
産業革命以来、人類は化学燃料を燃焼させ熱を作り、運動に変えて電気を作るという「熱エネルギー変換」によりエネルギーを生み出してきた。これに対して、今我々が取り組んでいる燃料電池は、化学エネルギーから直接電気をつくる「電気化学エネルギー変換」である。熱エネルギー変換に比べ無駄がなく、使い勝手が良いものである。電気化学エネルギー変換の原理そのものは古くから知られていたものの、これまでは宇宙開発等に利用分野が限られていた。しかし、家庭用発電システムであるエネファームや燃料電池自動車が開発・展開され、電気化学エネルギー変換で効率よく電気を得るシステムが社会に普及しつつある。
家庭用、自動車用に続く燃料電池の三つめの柱が産業用の大型燃料電池だと考えている。産業用では、特に高効率で、すなわち経済的に成り立つものが求められる。燃料電池にはいくつかタイプがある。家庭用コジェネレーションや自動車用に用いられるのは、固体高分子形燃料電池(PEFC)で、プラスチックでできているため低い温度で起動する、起動性に優れた燃料電池である。一方、工場等で用いる場合、徐々に温度を上げていけばよいことから、起動性よりも効率の良いものが求められる。よってセラミックでできた固体酸化物形燃料電池(SOFC)が適しており、実用化に向けた実証も進んでいる。九州大学でも、産業界と連携しSOFCとマイクロガスタービンの複合発電システムを設置しており、発電効率55%を達成、1万時間の運転実証に成功した。昨年12月に規制緩和が実現し、現在は三菱日立パワーシステムズの長崎拠点より遠隔監視している。この規制緩和により実用化に大きく近づいたと感じている。
その他、発電に関しては、次世代火力発電の中核技術としてSOFCが期待されている。燃料電池を火力発電と組み合わせることで高効率化し、CO2削減を実現するものである。また、「再エネ水素」による電力供給もある。太陽光発電のますますの普及により、昼間電気があまり、夜間に不足するという事態が生じると考えられる。そこで、昼間、電力に余裕があるときに再エネを水素に変換し、夜間太陽光発電ができない時間帯に使用するというシステムが構想されている。
水素や燃料電池は様々な付加価値が生み出せると考える。まず電気を効率よく作れるという大きな
メリットがある。また、燃料電池自動車は排気ガスの出ないゼロエミッションモビリティ社会の実現のため、電気自動車とともに双璧となる技術である。燃料電池自動車が普及すれば日本の基幹産業であり日々の生活の移動の要である自動車が、石油という輸入資源に依存しなくなる。そして、再エネ電力を水素で貯蔵することで、再エネ由来の電力の受け入れ余地が増加する。水素への変換はまだまだコストが高いが、これを実現していくことが我々に課せられた使命であると考えている。
燃料電池や水素の活用を進めていくという方向性は、国の政策にも明確に位置づけられている。エネルギー白書2016年版では、「エネルギー革新戦略」の三本柱の一つとして省エネ・再エネとともに新たなエネルギーシステムを作っていくということが明記されている。その中では、燃料電池自動車と水素ステーションについて普及目標も設定されている。燃料電池、水素活用ともにまだまだ課題が多いが、この技術をしっかり育てていく必要がある。
将来あるべき姿として、より効率のよいエネルギーシステム、ゼロエミッションモビリティ、脱炭素・水素社会の実現が挙げられるが、それに向けて大学と産業界との連携を行っていく必要がある。低炭素社会の実現に向けて、究極のエネルギーシステムである水素エネルギーの芽を育て、産業界に還元するのが大学の使命だと考え、九州大学では水素エネルギー研究の拠点「水素エネルギー国際研究センター」を設置した。世界最大規模の研究拠点である。大学は教育機関としての位置づけが一般的であるが、実は社会が大学に求めるものは多岐にわたっているということを現場で感じている。最先端の研究を進め、さらに産業界と協働し研究成果が社会に普及しなくては我々の努力も報われない。その基盤として、本センターがある。
その他にも、広大なキャンパスを有するという特長を生かし、キャンパス内で様々な実証実験を行っている。また、産業界との連携を重視する中で、企業が自由に、気軽に出入りできる拠点を大学内に作りたいという思いから、「次世代燃料電池産学連携研究センター(NEXT-FC)」を設置している。大学内に企業が自社ラボを持つことができる施設である。さらに、より一層企業と一体となった取り組みができないかということで、1年ほど前から「NEXT-FC産学共創プラットフォーム」を立ち上げ、学生=将来産業界を担う人材を企業と一緒に育てる試みを行っている。その他、九州大学では、伊都キャンパスに水素ステーションや再エネ水素製造等の設備を設置し2030年ごろの「水素社会」を具現化したり、発電効率80%LHVを超える超高効率の研究に取り組んだり、遅れている分野である再エネ水素用の水電解触媒の開発に取り組んだり、水素社会の実現に向けて経済や法制度を含んだ文理融合でのシステム研究に取り組んだりと、様々な挑戦を行っている。
低炭素・水素社会への移行に関して、二段階のプロセスが想定される。まず、燃料電池は高効率であることから、これを設置普及することでCO2を半分程度に削減することができると考えている(水素利用社会)。その後の段階として、CO2排出ゼロの社会を構築するため、純水素もしくはCO2フリーで作った水素あるいはメタンを使っていく(純水素社会)。燃料電池ができることは多岐にわたるが、現在実用化しているのは「家庭用」「自動車用」のみである。しかし、今年度「業務用」「産業用」の市販が始まり、「発電用」はおおよそ10年後の実用化を目指している。船やバス、航空機といった様々な移動体で使用しようという動きも始まっている。燃料電池の市場については、燃料電池車が大きなウエイトを占めるが、産業用・業務用・家庭用・ポータブル用もそこそこの規模の市場になる。業種を超えて連携し、日本全体で技術を育て、低価格化していく必要がある。
燃料電池・水素エネルギーとは単なる一つの技術ではなく、社会の在り方やエネルギービジネスの展望、エネルギーの使い方について新しい考え方を提供するものである。今までできなかったことが実
現できる技術である。したがって、技術そのものを進めるだけでなく、それをどのように使っていったら社会に付加価値を与えられるかを、様々な分野の人々とディスカッションしながら考えていきたいと思っている。例えば「石油に依存しない社会」が実現すれば、自動車業界に大きなインパクトを与えるのみならず、地方創生や我が国のエネルギーの自立といったビジョンも描くことができる。多くの方々と議論しながら、この技術が社会に普及し、役立つようにしていきたい。